コツメの母さん。今日は何かやってみよう。

日々の出来事を書いていこうと思います。家族は私、夫(コツメの父さん。)、長女(ピヨ姐・大学3年生)、次女(コツメちゃん・中学2年生)の4人家族です。

桜文鳥の文太郎が亡くなりました。

こんばんは。

 

コツメの母さん。です。

 

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今日の夕方、文太郎が亡くなりました。

 

悲しくて泣いています。

 

2012年の秋に我が家にやってきて最期までお世話したけど、

もっとかわいがればよかったとどうしても思ってしまいます。

 

5日前になんだか急に元気がなくなってきたなぁ。。。と思い子ども部屋からリビングに連れてきてあっという間でした。

 

日に日に毛の艶がなくなり、頭もとさかみたいになっていた文ちゃん。大好きな水風呂に入ることもほとんどありませんでした。

 

だけど、昨日の夜寝る前にカゴの布を少しだけ開けて文太郎をみたときバサバサだった風貌がきちんと戻っていたのです。

「あれ?ぶんちゃん、きれいになってる。」

と思いながら私もカゴの近くで寝ました。

 

今朝起きてカゴに被せていた布をとると、頭も胸の羽もバサバサになり、老け込んだ文太郎になっていました。

餌をついばんだらくちばしにも餌の殻がついていてとても汚いのです。あんなに小綺麗だった文太郎が…と思いました。

(くちばしや顔まわりが汚れたのは今思い返しても最期の日だけでしたね…。)

 

文太郎も気持ち悪いって思っているかな、と思い外にだして濡れたキッチンペーパーで頭をふいてあげたけど、元に戻りませんでした。その時も目を閉じてふかれるがままの文太郎。

普段だったらそんなことされたくない!と逃げていたと思います。そのくらい元気がなかったです。

 

手のひらに乗せたまま、キッチンの水道に移動してキッチンペーパーに水をつけようと蛇口をひねると水の音をきいた文がパッと手のひらで状態をおこして入りたそうにしたのです。

元気な頃、放鳥していたとき、私がキッチンで水道の水を出すと水浴びしたくてとんできた文ちゃん。

それを思い出したのかもしれません。

水道からでる水のところに昔のように近づけると水を飲んだり頭をいれました。

 

乾かした方がいいとおもい、ヒーターのついた鳥かごに戻すと文太郎はブランコの上で頭を背中に埋もれさせて眠ってしまいました。

元気だったら体を膨らませてブルブルっと乾かすのに…。

それからは眠ったり起きたりの文太郎でした。

 

私はずっとカゴの横のソファで見ていたのですが、15時くらいに2階のコツメのベッドでうとうとし、起きた後、老文鳥の介護の仕方をスマホでみていました。

コツメが中学校から帰ってきました。

そして私はリビングに降りました。

 

カゴを見るとブランコや止まり木にいるはずの文太郎がいません。

脚力が弱くなり、落ちたようでした。カゴの隅に肩翼だけ広がった状態でうずくまっていたのです。

 

ここ数日は文はもうほとんど鳴きませんでした。

うずくまった文太郎が私を見ています。喉のあたりからジジジ・・・と音がしました。

 

「多分、お別れが近いかも…」

 

と思い、私は文太郎をカゴから出すと、両手で抱えて二階にいるコツメのところに連れて行き、

 

「多分もう死んでしまうかもしれないから頭をなでてあげて。」

 

と言いました。

両手に乗せるといつも

トットットットッ

と文の心臓のどきどきを感じましたが、そのときの文は小さく

トクトクトクトク

という音でした。弱っているのがよくわかりました。

 

ピヨ姐にも「多分だめだと思う。」と言いました。

 

ここ二、三日、私は文を病院に連れて行くかどうかを悩んでいました。

多分、みるからに加齢とともに弱っている状態で、怪我をしたとか出血したとかなかったからです。寒いのかまん丸になってうとうとうととしていました。

もし病院に連れていっても移動のショックでダメになるのでは…と思い、お家で最期の方がいいかもしれないと思っていたのです。

 

でもうずくまる文をみてやっぱり病院に連れて行こうと思いました。

ピヨ姐もいっしょに行くと言い、支度をはじめました。

病院に電話をかけて30分後には行きますと伝え、鳥かごは寒いのでうずくまって飛べないからと小さなプラスチックの虫かごに布をしいていれました。

怖いといけないので布を被せ、私は二階へコートをとりに行き、また文のいるかごにもどりました。その短い間に文は亡くなってしまいました。

 

足の位置がおかしいので

 

「ぶんちゃん!」

 

と言ったら足がすーってのびました。

抱きかかえてみると、口からうすい黄色い透明の液体がでていました。

その液体のせいだと思いますが、文が泣いているように見えました。

 

覚悟していたけど、ものすごく悲しいです。

 

とても痩せているように見え、生きていた頃は絶対いやがってであろう体重を計りました。

24g

でした。

「え、小さい。痩せてる。」

と言ったらピヨ姐が「いや、標準体重みたいだよ。」とスマホで調べてくれました。

 

それからは泣いたり、また文の話をして笑ったり、また泣いたりしています。

 

今は保冷剤をいれた小さい箱に文を寝かせてあります。

ピヨ姐と写真のお花(亡くなった後、ピヨ姐と近所のドラッグストアに行って買いました。)を短く切って、文ちゃんのまわりにおきました。

 

明日、お墓をつくろうと思います。

 

コツメの母さん。でした。

 

本当は辛くて、亡くなったことだけを書くつもりでした。

だけど、忘れないように今日の1日を書きたくなりました。

 

今の気持ちは悲しくて、もう2度と飼いたくないです。

 

今もメダカと金魚はいます。

メダカや金魚も死んでしまうと悲しいです。

 

だけど文太郎は…すごくすごく悲しくて、はやくカゴも片付けようと思ってしまいます。