コツメの母さん。今日は何かやってみよう。

日々の出来事を書いていこうと思います。家族は私、夫(コツメの父さん。)、長女(ピヨ姐・大学3年生)、次女(コツメちゃん・中学2年生)の4人家族です。

ひな祭りの思い出

今週のお題「雛祭り」

 

こんばんは。

 

コツメの母さん。です。

今日はひな祭りだからお寿司でもいただこうっていただいたら食べ過ぎてしまいました。

また太田胃散です。何回失敗したら私はお利口になれるのでしょうか。

 

下の画像は先日ロフトの掃除をしていた時にみつけた写真です。

 

消してあるの人物は私と弟です。

 

多分今から40年以上前に段飾りの前で撮った写真です。

 

 

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写真の画像がつぶれちゃってよく見えないですが、私の父方の祖母が買ってくれた段飾りです。

立派ですよね…。今はもう処分してしまったのでないのですが、大きなお雛飾りでした。

子供心に思っていましたが、うちはお金持ちでもなんでもないのでこの段飾りは確実に我が家で浮いていました。

とは言え子どもでしたから、毎年雛人形を出すとやっぱりうれしいものでテンションがあがっていました。

 

父と母で組み立てを始めるのですが、毎年最後は喧嘩です。

おそらくなんですが、だいぶ早い段階で私の両親は説明書を紛失していたのだと思います。

二人は協力して思い出しながらつくっていたのです。

 

特に難関は御殿です。

私の家の雛人形はとにかくお内裏様の鎮座している御殿が派手派手でした。

プラモデルのようにパーツが分かれていて、父はああでもないこうでもないと言いながら組み立てていました。

 

私はそれが面白くてじっと側で見ていたのですが、そのうちイライラし始めて母と喧嘩。

母は毎年

 

「もう!私は反対したんだよ!このお雛様を買うのを…。それなのに街の大きな人形店に行ったらお婆ちゃんとお父さんがこの派手な御殿を気に入っちゃって買っちゃうんだもん。私はこんなのいやだったんだよ。本当におばあちゃんとお父さんは見栄っ張りなんだから…」

 

と喧嘩の閉めに言っていました。

 

雛人形も悲しいですよね。いやなんて言われてさ…。

 

そのうち御殿もできあがるのでした。

 

お雛様が飾られる数日間、

私は父と母がいない時にそーっとお雛様の扇子をとって広げたり閉じたり、嫁入り道具の引き出しを開けたり閉めたりしていました。

そして段飾りの台の下にも潜り込んで遊んでいました。

 

父はお酒が大好きだったから、私のお雛様のお祝いだと言って近所の人を誘っては家でどんちゃん騒ぎをすることもありました。

私はちっとも関係ないので、父たちがお酒を飲んでいる時に横でちょこんと座って父のおつまみをもらってたべていました。

 

なぜか覚えているのは、その時にテレビをつけたら石野真子が歌を歌っていたことです…。

 

なんてことない記憶です。

 

いま写真をまじまじとみて思ったのですが、ぼんぼりの位置が真ん中すぎません???

 

コツメの母さん。でした!