コツメの母さん。今日は何かやってみよう。

日々の出来事を書いていこうと思います。家族は私、夫(コツメの父さん。)、長女(ピヨ姐・大学2年生)、次女(コツメちゃん・中学1年生)の四人家族です。

どうしたものかな。子どもの勉強…。その1

こんばんは。

 

コツメの母さん。です。

 

コツメが定期テスト中で普段勉強していないことが露呈しています。

してないのは知っていますが、特にテスト前になれば見たくなくてもやってないのが見えてしまう。

 

いつもは避けている私もこんな時は心配になって落ち込みます。

 

現在大学生のピヨ姐ちゃんの中高時代とコツメちゃんの定期テストを通じて、

 

どうしたらいいのか、よかったのか…

 

を考えてしまいます。

 

はてなブログをやっているお母さんのブログを見ていると、子どもの学年によっても変わりますが、きちんと計画を組んで細かくみてらっしゃるお母さん(特にお子さん小さい場合や、中学校受験の小学生)、

子ども主体でさせつつしっかり見守っている(ちゃんと子どもが自分で取り組んでいる中高生)お母さん…。

 

 

自分もピヨ姐さんの時はきちんと見ている方だったと思います。

ピヨ姐が小さい頃、私はお稽古ごとはさせっぱなしにせず、しっかり見ていました。

コラショも毎回きちんと出させ、ポイントで景品交換したり、ピアノや踊りも先生や受付の人にご挨拶させたりお礼の手紙をかかせたり、工作のイベントにいったり…。

たのしくやっていました。

まだ子どもだったから、親の言うことも聞いていたし、素直に受け入れていたのだと思います。

でも一方でピヨ姐は放っておくと宿題を出し忘れそうになったり(それでも出したのは私が気づくから)していました。

 

勉強はわりと得意だったピヨ姐は小学校の勉強が簡単だったので長期休みだけ受験塾の講座にいったりしていました。楽しそうだったからそのまま受験に…。

だけど受験勉強が本格的になり、塾も週3だったりすると次第に新鮮さが失われ、どんどん本来の面倒臭がり屋の性質がでてきて…。

受験するならきちんとやって合格を目指したいと思った私はついつい一生懸命になってしまい、やる気のない娘にこごとばかりいってしまう日々。

やめる?といえばやめないといっての親子ゲンカの繰り返しになってしまいました。

叱りながらも冷静になるとこれじゃぁ勉強が嫌いになるだろうな…と思っていました。

 

6年生になると、塾も学校のクラスも同じ女の子の友達2人としばしばトラブルになり、2対1の感じになってしまいました。

2人のうちの1人の女の子がピヨ姐よりも少し成績が下(もうひとりはあたまひとつ抜きんでていました)だったので、おそらくなのですがライバル心をもっていたのだと思います。つっかかられることが増えました。

体も大きく、口も達者な子だったので、勉強はできても心の幼いピヨ姐はたちうちできず、その子主導でクラスの女子からも無視されるようになりました。

その子が転校してくるまでは女の子の中でもリーダーシップをとっていて生意気で元気ではいはい手をあげてしゃしゃりでていたピヨ姐がどんどん暗くなり、学校も遅刻しがちになり、体調が悪いと訴えるようになりました。

 

おそらく、天然の元気で生意気だったピヨ姐は、それが多少の反感を買っていたという自覚がまったくなかったため、みんなから無視されたことが本当にショックだったのだと思います。

人格を否定されたことで本当に暗くなってしまったのです。天然だったので何が悪かったのかも理解できず、苦しかったと思います。

その子に反論しても言葉が足らないので機関銃で返り討ちにあうようなものでした。

どんどん暗くなって行き…。

それが6年生の秋から卒業するまででした。

 

多分、それがピヨ姐の体調の悪くなったはじまりでした。(元気になってきたけれどいまだに続いていますもんね…)

 

その頃幼稚園児だったコツメ。物心ついた時にはそういう私とピヨ姐のバトルばかりを見ながら育つ羽目になってしまいました。

なんとかピヨ姐は希望していた中学に入学したのですが、勉強に集中できず、私もハラハラして受験時代と同じように勉強しなさい!と叱る毎日でした。

コツメの目には泣きながら怒るピヨ姐ばかりで「今でも覚えてる。」と言います。

 

ピヨ姐はどんどんどんどん生活態度も成績も悪くなってきて、今振り返ると中3くらいから完全におかしいという状況になったのです。

 

私も疲れ切ってしまい、コツメには何にもさせずに育ててしまいました。

あの頃は

 

「どんなにピヨ姐のことを一生懸命やったってそれが原因でダメにしてしまった。」

 

という気持ちがぬぐえず、コツメは自分で気がつけばいいやと

コラショ的なものも入会しても提出物なんてださせようともしませんでした。本人がやりたいことだけして、大きくなってしまいました。

公文もやらせていたけれど、身についている感じはしませんでした。

 

ときどき

 

「これじゃぁまずい!」

 

と思うのですが、それは先生から「宿題がでていませんよ。」という電話がかかってきたりした時だけで、私もコツメの勉強に付き合うことが長続きしなかったのです。

 

しかも起立性調節障害(←当時はわからなかった)でベッドから出られないピヨ姐を心配する日々だったのでコツメが元気で毎日学校にいくだけで私はもうありがとう〜と言う気持ちでいっぱいになってしまい…。

それ以上をあんまり望まなくなっていたのでした。

 

それから気がついたんですが、私、ピヨ姐の時はものすごく張り切って無理してまでも真面目なお母さんでいたのだと思います。

だけど本来は熱心でもなんでもない、面倒臭がり屋なんです。今では私もがんばらなくなってしまったのです。

 

私もコツメもがんばらなければどんどん勉強は…

あれれ?になってしまいます。

 

そして時々

 

ハッとなって今日みたいに心配になってしまうのです…。

 

続きます。