こんばんは。
コツメの母さん。です。
コツメちゃんの初めての定期テストの手伝いをしながら思い出したことがあります。
それは私が中学時代に通わせてもらっていた学習塾、A先生が一人でやっていたA塾です。
コツメに教えて気がつく。今思えばA塾はコスパ最高の塾だったと思いました。
A塾は週2日、2時間でした。
場所はA先生の自宅(一戸建て)で教室と自宅が繋がっていました。
通常は英語と数学。定期試験の前になると社会、理科を1回ずつくらいやりました。
月謝は最初一万円しなかった?(うろ覚え)と思います。月謝袋にいれて先生に渡していました。
宿題はありません。
ただ、年度始めに先生がセレクトした国語、数学、理科、社会、英語の問題集が合わせて15冊くらい渡され、家で普段から勉強するようにいわれていました。
そして3ヶ月に1度、すべての問題集を塾に持って行き、先生が一時間くらいかけて生徒の席をまわり、定期テストの範囲内のところをすべてといてあるかチェックして周りました。(やっていなかった場合は叱られますが、みんなやってきていたように思います。)
生徒は市内のいろいろな中学から集まっていて50人くらいいたと思います。
席順は、中学校の定期テストの結果で決められていました。
定期テストの結果は教室の待合室に張り出されます。いちばんビリの子でも5教科の平均得点は8割を少し切るくらいでした。
(そもそも成績の良い子ばかりだったということもありますが…)
定期テストが学校で返却される頃になるとA3サイズくらいの封筒が配られて、学校の採点用紙を入れて提出、A先生が各中学の問題と生徒の回答をチェックをしていました。本当に熱心な先生でした。
普段の塾のスケジュールは
15分間 英語のテスト(英語の教科書の指定されたページを暗記。塾が始まると先生が白紙をくばり、黒板に日本語訳を10問ほど書く。それを英訳するのです。文章は教科書からそのままでます。なので塾のある日は部活から帰ると必死で暗記していました。)
答えを先生が黒板に書き自分たちで採点。そのあと先生が合格基準点を黒板に大きく書きます。
基準点に満たない生徒は授業が終わってから居残り(10分くらいです)になるのです。
そこから英語の授業が始まります。
中学校の授業でつかう教科書をつかうのですが、文節にわけてS V O Cなど、品詞を入れるやり方です。
5分くらい休憩をいれると今度は数学の授業でした。
教え方がうまく、何回も例題を出して解くのですがあつかう問題はかなり難しかったです。
そして授業終了です。
授業が終わると最初の英語テストで不合格になったひとの居残りが始まります。
合格者がぞろぞろ帰るのを机から見守る暇はなく、不合格者は教科書をだしてブツブツこえを出して暗記をします。数分で先生が「教科書閉じて。」といい、ランダムに生徒をさして問題を言い、口で英訳させて解散となるんです。それが超緊張するのでした。
普段の塾で英語は暗記済み、
数学もたくさん問題を解かされるため、定期テスト前にはざざっと勉強してある感じに仕上がっていました。
そして社会。
先生の社会の授業はまず、テスト範囲の歴史上の出来事を黒板に西暦順で書いていくのです。
生徒はそれを板書していきます。
先生は教科書にのっている出来事で年代まで書かれていないものでも西暦をつけて板書させるんです。
たとえば桶狭間の戦い(織田信長が今川義元に勝利した戦)なんて教科書にのるかのらないか、資料集レベルの出来事ですが1560年 桶狭間の戦いと書くのです。
なので細かい年表ができあがるのです。
その年表を次の授業までにすべて暗記させて確認テストをしていました。
板書した年表の項目は30項目くらいありました。すべてに西暦がつけられているのを暗記させられたのです。
なので歴史の流れが頭にしっかり入ってしまうので、定期テストでかなり高得点がとれていました。
理科も先生が編み出したオリジナルの方法で月の満ち欠けがわかったり、化学式も一回のみの授業のなかで何回も何回も問題を解かせてくれるので2時間の間でものすごく理解がふかまり、塾が始まる時にはできなかった問題が解けるようになっているのを自覚できました。
うれしくて帰宅したら自分で問題集を解いてみようと思ってしまう授業でした。
とにかく先生が勉強オタクで、雑談もなく、ガチンコだったので常に緊張感がありました。
これで月に1万円。
こんなにコスパがよい塾を私は知りません。
辛かったけど、がんばった達成感は自信にもつながりました。
私がいま住んでいる地域は大手ばかりでこんな塾はそうそうないだろうなぁと思います。
コツメの母さん。でした!