コツメの母さん。今日は何かやってみよう。

日々の出来事を書いていこうと思います。家族は私、夫(コツメの父さん。)、長女(ピヨ姐・大学2年生)、次女(コツメちゃん・中学1年生)の四人家族です。

逃げてばかりの人生。

こんにちは。

 

コツメの母さん。です。

 

今日はちょっと長い独り言になります。

 

私はFacebookを持っています。多分8年くらいになるでしょうか。最初はちょこちょこ投稿していたのですが、うまく使いこなせていない感じと違和感みたいなものがありました。

リアルに知っている人だけとつながっているのだけれど、なんとなく知っているからこその煩わしさがあり、3年くらい前から遠ざかってしまいました。

アカウントは持ったままの開店休業状態です。

 

でもコロナが騒がれた頃くらいから少し気持ちに変化が生じ、ちょっとだけ近況をつぶやき程度に投稿したり、友達のFBをのぞいたり、たまに「いいね」したり、友達にコメントを入れたりしています。

 

その数少ない友人たちの中で一番古い付き合いの子がいます。

彼女は病気になってしまい、20年近くその病気と付き合っています。

 

子どもの頃はずーっといっしょにいました。大学生になっても時々会ったり遊んだり、お互いのアパートに泊まったりしていました。

 

でも…。よくあることですが、大人になり、お互い結婚した頃から住まいが遠くなったのもありますが手紙やメールになってきました。

それでも年1回くらいは会いました。

 

そこからでしょうか。彼女になんとなくほんのちょっとだけ異変を感じ始めました。でも当時はほんの少しです。

少し彼女が変わったような気がしたのです。喧嘩はしていません。

私はそこから気を使ってあまり連絡をとらなくなってしまったのです。その間に多分彼女にいろいろなことが起き、異変が大きくなってきました。詳しいことは聞かないです。ただ時々、すごく大変だった時期が何度もあったことを知る事があります。

でも私は一切聞きません。彼女が言った時に返事をすることしかできないのです。

 

それでもずーっと大好きでやりとりはポツポツですが続いています。

だけど、子ども時代や学生時代と違うんです。私はあんなにいっしょにいて、思ったことをそのまんま伝えたりしていたのに、彼女が今までと違った行動や言動が見られた時、なんと言っていいのか分からなかったのです。

 

もしかしたら私のほんの少しの言動で彼女の体や心が傷ついたらどうしよう…と思ってしまうのです。

これ、優しさではないんです。私のエゴです。私がいやな目に会うのがいやなんだと思います。

 

昨日、彼女のFBの言葉を読んでふと気づきました。私って人生の選択のほとんどが「逃げ」でした。

子どもの頃から誰かに助けられて、ぎりぎりのところで痛い目を見ないできたなという自覚がありました。

そういえば自分がいやなことから逃げるにはどうしたらいいか考えていたなぁと思い出したのです。

 

例えば

 

朝礼に行くのがどうしても気がすすまなくて(なんで気がすすまなかったのか分からないす)体調が悪いとうそをいって保健室に行く。うそがバレたらどうしようと一日中ビクビク暮らす。

 

小学生の時 運動会の騎馬戦が怖いから旗持ち(後ろで応援する人)に選ばれるように仕向ける。

 

運動会が嫌いなので放送委員の権限を使ってテント下のパイプ椅子に座って実況する係になれるように仕向ける。

 

ドッヂボールは最初から外野にいって絶対コートに入らない。

 

母が中学受験しなさいと言ってきたけれど不合格になるのが本当に恥ずかしい事だと思い拒否。

 

中学生の時に部長に選ばれたくないから友達を部長に推して自分は「手伝うね」といって副部長におさまる。

 

中学生の時に副会長だったのですが、上級生の卒業式で送辞を送らなければいけないのにその大役がいやで会長(コツメの父さん)にやらせる。

 

宿題を友達(コツメの父さん)にうつさせてもらう。

 

高校選びも女子同士の人間関係の悪化には必ず「男」が絡んでいると思い込んだ私は女子校を選択する。

 

浪人する勇気も学力もないから短大を選択。

 

やばい…。書いていて恥ずかしくなってきました。

 

とにかく、ベースはだらしないのですが、自分が傷つかないための努力はする…。

だから努力が中途半端なのです。

(あと昔から父さんに頼りっぱなし。そして安心して父さんには威張っている…!!)

 

この情けない間、彼女はいつも私のそばにいました。

彼女はもっと純粋で傷つきやすく、マイペースで時々わがままでした。

だから子どもの頃から暑い日は彼女の家の冷房キンキンのなかだらっとしたり、二人で「面倒臭いね〜。どっか行こうって言ってたけど、行くのやめよっか。」みたいなゆるゆる暮らしをしていたのです。

私は本当はでかけたいと思った時もあったけれど彼女に合わせていることありました。楽しかったけどね。

 

私は小さい頃からだらだらしながらもだらだらしている自分にしっかり自覚がありました。だから

 

「いつか絶対避けることのできない怖い事が起きる。そうしたら自分はどうなるか。」

 

とずーっと思っていました。はっきりいって恐怖でした。いまも怖いです。

そしてその怖いことが私にはまだあまりきていません。

出産(これはだれも代われないもんね)と父が亡くなったこととピヨ姐が学校にいけなくなったことくらいかな。それも家族が手伝ってくれたりそばにいてくれたから乗り越えられたんですよね。

 

彼女は避けることのできないものがやってきました。

彼女は今、ものすごく純粋に一人でそれに向かってしまうんです。

私みたいに逃げないの。多分彼女も以前は逃げていたんだろうけどその逃げていた自分を恥じて立ち向かおうとしているんです。

なんか、彼女はすごく正直に自分を見つめ直そうとしているから苦しいんだと思います。

だけどきっとやめないの。すごい純粋なのだと思います。

 

そんな彼女のつぶやきを読んで

 

あ、私はいろんな苦しいことから逃げてきたなぁ…

 

と気付かされたのです。

 

逃げることは人に迷惑をかけなければ悪いことではないし、私の生きるための術だと思っているんです。

だけど昨日はちょっと考えました。

 

逃げるが勝ちだけど、逃げられない現実がやってくるだろうから私は心を鍛えなければなりません。

 

さて…

 

 

朝起きて

大人のメダカにエサをあげました。

 

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えさは市販のものです。インスタントコーヒーみたいですね。

これを…


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ふたにちょっと入れて、メダカの赤ちゃん用にすりつぶします。

すりつぶさないと赤ちゃんの口に入らないからです。


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メダカの赤ちゃんたちは大人メダカといっしょでは生きていけません。食べられてしまうからです。大人メダカの口にはいらないくらいの大きさになるまでは別居です。

今のところ15匹くらいが元気に泳いでいます。

水中のプランクトンを食べて元気に成長しているのでしょう。そして数日前からすりつぶしたエサも入れています。

 

食べています。


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↑このメダカが赤ちゃんの中で一番大きいです。まだ1センチくらいですが、見た目がしっかり「メダカ」になってきました。


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あとで生まれた子と全然大きさが違います。

 

それでは!!!

 

コツメの母さん。でした。