こんばんは。
コツメの母さん。です。
今日も映画館へ行ってきました。
本日の映画は
「翔んで埼玉」
面白かったです!!!
まず私は、二階堂ふみさんが大好きなんです。
かわいいですよね。そしてなんというか色っぽいところが好きなんです。
そして、コツメの母さん父さん二人が選ぶ、「美男子だと思う(存命中の)著名人」総合第一位の伊勢谷友介さんも出演していました。
なので出演者も楽しみでした。
原作は「パタリロ!」の魔夜峰央先生だったんですが、二階堂ふみさんのいでたちが魔夜先生の漫画から出てきたようにあっているなぁと思いました。
GACKTさんと二階堂さんが並ぶと、バンコランとマライヒみたいだし、パタリロを実写化するならパタリロに加藤諒くんとかいいかも…と考えながら観てしまいました。
あらすじです。
埼玉県から東京に向かう両親と娘が車に乗っているところから物語は始まります。
この日は娘の結納が東京で行われる日だったのです。「結婚したら東京に家を建てて暮らすんだ」と夢を語る娘。
娘は埼玉出身なのですが、埼玉をダサいと思っています。父親は埼玉愛があります。
母親は埼玉に嫁いだものの、もとは千葉県民。
すると車の中でラジオから埼玉の都市伝説が流れ始めます。
その都市伝説とは…
19XX年、埼玉県民は通行手形がなければ東京都には入ることをゆるされず、千葉県とともに埼玉は東京都からひどい迫害をうけていました。
東京の名門校白鵬堂学院では都知事の息子である壇ノ浦百美(だんのうらももみ・二階堂ふみは男役なんです)がトップとして学院に君臨。
学院のクラスは都内でも高級地区順に配置されていて、東京都で働く埼玉県出身の親の子供は東京在住といえどもZ組という最下級クラスという差別っぷり。Z組は掘っ建て小屋で保健室の利用も許されていません。
お嬢様たちは「さいたま」という言葉さえ口にするのもおぞましく思っていたのです。
そこへアメリカ帰りの転校生麻実麗(GACKT)がやってくることで百美の運命が変わって行くのです。
実は麻実はかくれ埼玉人で、手形制度廃止を目指す、埼玉解放戦線のメンバーだったのです…
以上です。
もう、ほんとうにナンセンスなのですが、ディスりっぷりがすごくて映画館でも笑い声がたびたび起こっていました。
私の行きつけ映画館は東京都民と神奈川県民が多いはずなので、終始関東の差別あるあるで笑っていました。
あまりでてこないのですが、神奈川県は大ヒール役の東京都に加担する位置で、正直
「神奈川っぽい…」
と思ってしまいました。
そして主役の埼玉。
私は静岡生まれの静岡育ちなのですが、うちの母親が埼玉県熊谷市の出身で子供の頃は毎年のように熊谷のいとこの家に泊まりに行っていました。
だから言葉のイントネーションとか景色がなつかしかったです。
小さい頃、よく父が母に
「埼玉県は本当になんにもないなあ。海もないしなぁ。」
とからかっていました。
母は父と駆け落ち同然で家出からの結婚だったのですが、家出する前
静岡の父が埼玉の実家に住む母親に送ったラブレターには
「波の音を聞きながら仕事をしています。はやくこちらにきてください。一緒に働こう。」
と書いてあったそうなのですが、実際行ってみると、海まで車で40分くらいかかる場所で
「波の音なんか聞こえなかった!だまされた!」
と母はよく言っていました。
映画にも海でだまされる埼玉県民のシーンがあって
「うちの母親も埼玉ホイホイにかかったんだ…」
と思いました。
熊谷のいとこのなかでAちゃんという私よりちょっと年下の子がいたんですが、私と顔がよく似ていて気もあってよく遊んでいました。
Aちゃんは数年前、夫と子供を残して40代でガンで亡くなってしまいました。
Aちゃんと私はたまに会った時にお互いの夢中になっている話をよくしたのですが、小学生の時は二人とも「パタリロ!」が大好きでした。
Aちゃんのカンペンケースがパタリロで
「えっ。いいなぁ〜」
と話していたのを覚えています。
高校生になると音楽に夢中になり、Aちゃんは
「ねえねえ!ブルーハーツっていうバンド、聞いた!?絶対売れるよね!!」
と話したりしていたっけ…。
Aちゃんが生きていたら「翔んで埼玉」の話をしただろうなぁ〜・・・
と、久しぶりにいとこのことを思い出しました。
そんなわけでとても面白い映画で、もう一回見たいくらいなのですが、これって関東圏じゃないとわかりにくいあるあるで、みんながみんな楽しめないかもしれないと思いました。
舞台が関西で、関西あるあるだったら私もいまいちわからないと思うのです。
面白かった、面白くなかったと、二分しそうな気がする
コツメの母さん。でした。