こんばんは。
コツメの母さん。です。
コツメちゃんの読書感想文ですが無事に書き終わりました。
これで大物の宿題が一つ片付いてホッとしています。
さてコツメちゃんは感想文の本を『ああ無情(レミゼラブル)』に決めたのですが、コツメの母さんにとってこの本は思い出深いものがありました。
過去記事はこちらです↓
コツメちゃんは私のようにわんわん泣くこともなかったのですが、読後の感想や印象に残るところって人によってまちまちだなぁと思いました。
『ああ無情』は働き者で真面目なジャンバルジャンが生活に困窮し、お腹をすかせた家族のためにたったひとつのパンをパン屋で盗んだことから始まります。
我に返ったジャンはすぐに追いかけてきたパン屋に詫びるのですがパン屋は許さずジャンは牢屋に入れられてしまいます。
家族を心配したジャンは何度も脱走をしたのでどんどん罪が重くなり、いつしかジャンは心の冷たい人間になってしまうのでした。
そしていろいろなことがありジャンは人間の心をとりもどしてゆくのですが…。
というストーリーです。
コツメちゃん、何が一番心に残ったかって、パン屋の主人に対する恨みです。
ジャンを救ったミリエル司教との感動話やコゼットとの出会い、ジャンにふりかかる誤解、ジャンを執拗に追うジャベール刑事のところよりなにより
パン屋の主人が許せん
らしいのです。
そのため作文が
「こうなったのはパン屋の主人のせいです」
「パン屋の主人もミリエル司教をみならえと思いました」
「パン屋の主人がゆるしていれば」
の連発です。
早くパン屋の主人から離れろ、コツメ…。
と思いましたが、前回の皆様のやさしいブコメやコメントでジャン・バルジャン並みに改心した私は、ほとんどコツメの書きたいようにまかせました。
しかしコツメちゃん。書きながら
「ママ〜、〇〇って漢字、どう書くんだっけ?」
と聞いてくるのはまだいいのですが、
「ママ〜、ジャン・バルジャンって書くと字が多いから名前だけにしていい?」
というので
「いいよ。」
と言ったら
「じゃあ、バルジャンで。」
そこはジャンだろ…コツメちゃん…(´⊙ω⊙`)
そんな話を笑いながら田舎の母親に話したら、母から初めてこんな話を聞いたのです。
母が小学生の時ですから昭和30年前半のお話です。
母の学校で学芸会が行われることになり、母のクラスは「ああ無情」の劇をすることになりました。
熱心だった国語の先生が脚本を書き、演出をし、みんなは練習に精を出していました。
いよいよ本番も近づいた時、母はいいことを思いつきました。
母の家は貧乏だったのですが、仏壇だけは似つかわしくないくらいに立派なものだったのそうです。
そして仏壇に置いてあるロウソクの台も金が塗られているいいものでした。
「ああ無情」の中でこんなシーンがあります。
心がすさんでギラギラしているジャンが、出所後ミリエル司教の慈悲により司教の教会に泊まらせてもらいます。美味しいご馳走を出してもらったのにも関わらず、ジャンは教会に置いてあった銀の食器を盗んで逃げます。
でも夜逃げるジャンを怪しいと思った警察がつかまえ、
「その食器は盗んだものだろう!」
と言います。
悪党になったジャンは
「これはいただいたものです。」
と見え透いたうそを言います。
警察はジャンを連れてミリエル司教に確認します。すると
「私がさしあげたのですよ。」
とミリエルは言うのです。
疑う警察官の前でミリエルはさらにジャンに
「どうして食器だけお持ちになったのですか。この銀の燭台もさしあげようと思っていたのですよ。」
と言うのです。
それがきっかけでジャンは優しい人間にもどっていくのです。
うちの母は、
「銀の燭台、うちの仏壇の金のロウソク立てを使うといい!」
と思い、二台あったうちの一台を家の仏壇から勝手に学校へ持ち出したのでした。
ロウソク立てを先生に見せると先生は
「これはいいですね。」
と喜んでくれました。
そしてその熱心な先生は、ロウソク立てを放課後…。
母の知らないうちに…。
リアルを求めたようです…。
なんと!錫(スズ)の液に浸けて銀色にしてしまったのでした…( ゚д゚)
劇も無事終わり、変わり果てたロウソクたてを家に持ち帰ったコツメの母の母。
すっかり変わったロウソク立てを見た父親は見るからにがっかりしたようでしたが
「まぁ…。こうなってしまったら仕方が無い…。」
と呟いた後は一言も母を責めなかったそうです。
電話で母は私に
「磨いても磨いてももう変色しちゃった色は戻らないからさ〜。仏壇には金のロウソク立てと銀色のロウソク立てになっちゃったんだよねぇ…」
と笑っていました。
「ああ無情」にまつわるアナザーストーリー( ^ω^ )
コツメの母さん。でした!