こんにちは!
コツメの母さんです。
読者になる、の数字が161になっていました。ありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。
今日は若かった頃、「今私が言ってもいいことないし、伝わらないから言わない。」と口に蓋をしたけれど忘れられない思い出です。
いい話じゃないので、「ネガティブ系苦手。愚痴苦手。」の方は読むのをストップしてくださいね。
小さなことなんだけれど私にとっては当時の心のキャパでは悲しい悔しさでパンパンになり、心にしまってきた出来事です。
よく苦労は買ってでもした方がいいといいますね。
私は成長できるならした方がいいとは思いますが、その苦労を自分がどう受け止めるかでそれがよい苦労か悪い苦労かになるから苦労もケースバイケースだな、と思うようになりました。
そして、苦労から生まれた自分のコンプレックスを、無意識だったとしてもよい苦労や経験に仕立て上げて他人に押し付けることはいけないと感じています。
そのきっかけになったのは、今から25年前、短大の夏休み、東京から田舎に帰って自動車学校へ通った時に起きたことです。
就職も決まり、両親に勧められて自動車の免許をとりにいった20歳のコツメの母さん。
おばあちゃんが私の就職先を喜んで、自動車学校に通うたしにしてねとお祝いをくれたので、ちゃんととろうと下手なりに毎日のように通っていました。
毎日行くので待合室でいっしょになる生徒さんとも友達になり、教習を待つ間いろいろ世間話なんかをするようになっていました。
みんな同じくらいか年下の子ですが、早めに社会人デビューしていました。夜間学校に通っている子もいました。なんとなく雰囲気や話の内容的にもちょっと前までやんちゃしてたな、みたいな子達が多かったです。
さて、翌日の教習の予約を入れた時、ちょっとやんちゃめの女の子に
「え?コツメの母さんちゃん、明日A先生じゃん。いいなー。指名でいっぱいだからこの先生とれないんだよ。指名しないでとれるなんてめずらしいね。」
と言われました。
聞けば、A先生は若くてかっこよくて話のわかる人気の先生で、バイトしたお金で免許をとり、その後教習所の先生になったという苦労人とのこと。
「あたしの運転見て、お前、昔乗ってたことあるだろ?って言うんだよ〜!!面白いよね。ここだけの話、私の友達が以前この学校に通っていて、A先生のこと、好きになっちゃったんだけど、教習の終わり頃に映画に誘ってくれたんだって。」
と私に言ってきました。
なんだかノリのいい先生のようでした。
翌日教習所の日。
車のところで待っていると先生がやってきました。若い先生でした。
「よろしくお願いします。」
とあいさつしたのですが、昨日聞いた話とは全然違う仏頂面。建物から歩いて来た時から仏頂面でした。
なんか私したっけ…とドキドキしてきました。
「車の周り早く確認して。」
と言われ、いつも以上に緊張していつもできることができません。
その度ため息となにやってきたんだという表情なのです。
運転をしている時もだまって私が間違えるまで何もいわず、ため息。
「こうして」
「ああして」
「なにしてるんだ」
「ちがう」
「ちがうだろ」
「またちがう」
と間違ったから言われるのは当たり前と思いたいですが、本当に教習が始まる前から何故不機嫌に怒っているのかがわからないのです。
理由が分かれば納得がいくのですが、わからない。もう泣きそうになりました。
でも泣いたらもっと呆れられそうだと思い、でもこのままではちゃんと運転できない気がしたので最後の最後で
「ちょっとやめたいくらいです」
とつぶやきました。
するとそれが火に油。
「やめたいならやめたら?」
あとは無言のまま。くやしいから続けましたよ。
時間が来て元のところへ車を停めた時、目も合わさず(合ったこともなかったけど)私のカードを取り出すと
「わかってると思うけど、今日はハンコ押せないね。こんなんじゃ。」
と言い、ドアを開けるとスタスタと教習所の建物へ歩いていってしまいました。
本当に、私、何をした???
後から建物へ戻るといつものお仲間が寄って来て
「どうだった?いい先生だったでしょ???」
という声。それが隣にいるのになんだか遠くから聞こえて来るように思いました。ぼーっとしながら
「うん。」と言いました。
そんなに好かれている先生からしょっぱなからあの態度を取られた理由がわかりませんでした。
いえ、分からないようにしていました。
若い私にはおこがましい考えだと思いましたが、先生の車内での言動から読み取れる印象と友達から聞いた彼のバックグラウンドを総合したらそう思わずにはいられませんでした。
先生が最初から仏頂面だった理由。忌み嫌っていた理由。
それは彼が私を
「苦労も知らずに親から出してもらったお金で免許をとりにきた東京のお気楽女子大生」
と見たから。だと思っています。
悔しくて言ってやりたかったけれど、こんな小娘がいっても説得力ないでしょうし、こんな小娘がクレームいれても耳半分でしょう。
そしてこんな小娘にズバッと自分のコンプレックスをつつかれたくないでしょう。
だから言いませんでした。
その後その先生に当たることはなかったし、納得のいくちゃんとした厳しいことを言ってくれる評判(特に男子教習生から)のよいベテランの先生を指名して、ハンコをほぼ落とすことなく一発合格しました。
今思い出しても悲しい気持ちになりますが、自分の苦労をコンプレックスにしてはいけないし、人におしつけてはいけないなと思い出すたび思います。
専業主婦で外界と接触する機会がほとんどない私ですが、コツメの父さんの仕事を通してたまに出会う困った人の話を聞くと、そもそもの原因はコンプレックスに行き着くことが多いです。
私だってコンプレックスはたくさんあるけれど、私が持っていないものを持っている人に攻撃するのは自分が悲しくなるから絶対やらないと心に決めています。
そう思えば、A先生はそういうことを教えてくれたのかもしれません。
ちなみにそういう先生がいらっしゃったのもバブルだからだったかも。
そんな扱いをしても、どんどん教習生はやってきましたからね…。
今はその学校、潰れてしまいました。
いやな話でごめんなさい。
コツメの母さんでした!