こんにちは!
コツメの母さん。です。
今日は昔の思い出を書きたくなったので書きます。
今から40年以上前、コツメの母さんは保育園に通っていました。
コツメの母さんは保育園が大嫌いでした。記憶にありませんが、一歳の頃は毎朝ごねてごねて大変だったようです。
母親はカルピスで私をだましだまし車に乗せ、父親が送って行ったそうです。
私が覚えているのは4歳くらいからの記憶ですが、数ある保育園の嫌なことのなかに給食がありました。
たいていの給食は大丈夫だったのですが、たまーーーーに小さなカキフライがでたのです。
頭の中の思い出の映像では2.5㎝くらいの小さなカキフライで、それがキャベツの上に5、6個のっているのでした。
私はカキフライが大嫌いでした。
家の食卓にのぼったことがなかったので、未知なる味、色、食感で、初めて保育園で口にした時、
「無理…」
と思いました。苦いし、磯臭いからです。貝は好きだったけど、カキは違う、何かちがうのです。
食べられずにじーっとしていると、そのうち先生がしびれをきらして
「椅子と給食を持って廊下へ行きなさい」
というのです。
私は廊下へ行くと、先ほどまで座っていた椅子にカキフライの入った皿をのせて廊下にペタンと正座するのです。
でも、どうしたってカキフライの味は変わらないのです。
クラスで私だけが食べられなかったのだと思います。一人で廊下に正座してじーっと皿を見つめるだけでした。多分先生も根負けしたんだと思うのですが、どうやって攻防が終わったのかは記憶にないです。
そしてまた別の日にカキフライがでました。
どうにかしてがんばって食べなくちゃと考えて考えて
「そうだ!小さく切って口に入れれば食べられるかもしれない。」
と思いつき、フォークでカキフライを切って見ました。
ボロリ…
カキの中からへんな黒いものがでました。
ビジュアルからもうダメでした。そして廊下行き。やはり私はだめでした。
そんなある日のことです。
年長くらいの頃だったと思います。みんなが待ってるたのしいおやつの時間に忘れられないおやつがでたのです。
それは
直径12㎝くらいのスープボウルの中に、
ちぎった食パンと輪切りのバナナにぬるい牛乳をなみなみとかけたもの
という題名のない手作りおやつでした。バナナの他にも小さいリンゴとか何か入っていたかもしれません。
ぬるい牛乳+ちぎった食パン+どろっとしたバナナ=
どうなると思います?
答え とんでもなく臭い。んです:;(∩´﹏`∩);:
あのレシピを再現しようと思えばできますが、しません。食べ物がもったいないので。
後にも先にもあれに出会ったことは一度だってありません。強烈レシピでした。
独創的が過ぎてました。
もうプチパニックです。どこから手をつけたらいいかわからないです。
とにかく臭いんです。
また廊下いき確定ですよ。
でも今回は違いました。廊下行きに仲間ができたのです。
多分ですが10人くらいいたと思います。それぐらい難易度の高いおやつでした。
私はカキフライで慣れたものです。さっと椅子とボウルをセットし、ペタンと正座しました。
でも廊下行きという屈辱に慣れていないクラスメイトはがんばって食べ始めました。
コツメの母さんは友達を見て素直にすごいなぁと思いました。
そして何人かが教室へ戻って行ったのです。
それでも今回のおやつは強敵です。私を含めて数名が食べられずにいました。
すると先生がおやつを持たせて二階の廊下から一階へと誘導したのです。
真っ暗な(記憶が確かなら)ボイラー室に。
多分泣いている子もいたと思います。
コツメの母さんはどうなったかというと、なんかどうにでもなれ、みたいな気持ちになってきて、闇の中でだんだん落ち着いた気持ちになり、開き直ったような感覚になったのですが、そのうちムカムカモヤモヤしてきたんです。
とにかく先生のしたことが不思議で不思議でなりませんでした。
なんで?なんで?
と思いました。
場所を変えてもどうなっても食べられないんだよ。ここで食べられるなら教室で食べられたはずなんだよ。
先生はなんで食べられないと場所を変えるの?
多分先生ひどいことしてるよね。
と思いました。この気持ちはなんだろうと思ったのですが、わかりませんでした。
大きくなって「理不尽」というぴったりな言葉を知りました。
40年以上経ちますが、カキフライは食べようと思えば食べられますが、好きではなくて、胃がもたれます。
きっと今でも廊下行きです( ´ ▽ ` )
コツメの母さん。でした!