コツメの母さん。今日は何かやってみよう。

日々の出来事を書いていこうと思います。家族は私、夫(コツメの父さん。)、長女(ピヨ姐)、次女(コツメちゃん)の四人家族です。

15歳夏。「あ、私、今日から反抗期。」と思った日の話。

こんばんは。

 

コツメの母さん。です。

 

コツメちゃんの夏休みが終わりました。

令和初の夏が終わったような感じがして少しおセンチです。

 

そんな母さん、今日は夏休みの思い出話を書いていきます。

 

つい先日のことです。

8月21日の朝、コツメの父さんが

 

「今日は甲子園の決勝戦だね。」

 

と言いました。

決勝戦の日。私はこの日になるとほぼ毎年同じ話をします。そして今年も父さんに言いました。

 

「せっかくの決勝戦なのにさぁ。中学校の時って21日が登校日だったよね。コツメの父さんは学校から近い(走って3分)からいいよ。私なんて自転車で20分だよ?歩けば40分だよ?いっつもいっつもプレイボールに間に合わないんだよ。急いで帰っても2回の裏とか3回表なんだよ。

ほんとにさぁ…大人になってから"21日は先生(公務員)の給料日で手渡しだったから登校日だったらしい”っていう噂を聞いた時、すごく悔しかったよね。」

 

特にコツメの母さん中2の時、PL学園の桑田真澄さんの大大大ファンだったので桑田君最後の夏の決勝戦「PL学園対宇部商業(1985年夏)」だけは絶対にフルで見たかったのです。

当時我が家にはビデオデッキもなく、リアルタイムでみなければならなかったのに…。

ゼイゼイいいながら家に帰った時には試合は当然始まっていましたね…。

チーン。

 

そして翌年の1986年の夏、コツメの母さんは中三、受験生の夏になりました。

この大切な時期に突然コツメの母さんに反抗期がやってきたのです。

私は反抗期がやってきた瞬間をしっかりと感じ取りました。

 

それは忘れもしない夏休みに入る一学期の終業式の日でした。

 

「今年は受験生だからやりたい部分の勉強とかしたいな。」

 

と、なんとなくですが目標をもっていた母さんに、先生が宿題を配り始めたのです。

 

夏休みの友、生活日記、問題集・・・。その他もろもろ。

 

詳しい宿題の内容は忘れてしまいましたが、その時私は初めて

 

「なんで先生は受験期にまでこんなに宿題を出すんだろう?やりたいことだってあるし、したい勉強だってみんな違うのに。

確かにやらない子だっているし、宿題がなくて暇すぎて非行に走られちゃうと困るからある程度宿題をやらせることで抑止になるんだろうけど…。

あまりにも生徒を信用してないんじゃないの?」

 

ちょっと情けないような悲しい気持ちになってしまったのです。と同時になんだかとっても

 

腹がたってきたんです。

 

メラメラふつふつ…。

ゴゴゴゴゴゴゴ…

 

そして

 

「あ、この怒りはなんだろう。多分、反抗期だ!」

 

と思ったコツメの母さんでした。

自由を奪われている…と思ったのだと思います。

 

 

公立の中学だし、市内で1,2を争う不良中学でしたから、先生が押さえつけたいのもわかるんです。

 

今なら、というか当時だってわかっていたんですよ。よくあることだし、世間だってそんなものなのですけど、

 

なんでちゃんとやっている人じゃない方に合わせて、ちゃんとやっている人に意味のないことや負担になることをさせるんだろう。

 

って思った最初だったんです。

 

しかもコツメの母さんが一番納得がいかなかった宿題…。

それは英語の先生が出した

 

Bノート

 

です。

 

 Bノートとは、1日1ページ、ただひたすらに英単語や英文を繰り返し書くという、漢字書き取りの英単語バージョンです。

 

中三ですし、英単語は公立を受ける分なら十分に私は英単語を覚えていました。

英語は好きだし中学の頃は得意教科でした。

 

それなのになぜ知っている単語を冷房のない暑い部屋の中で

 

grape grape grape grape grape grape grape grape grape grape…

snake snake snake snake snake snake snake snake snake snake…

London London London London London  London London London London…

 

って毎日書かねばいけないの?

覚えてない子が覚えるために書くならわかるよ?

なんで?

 

と思ってしまったのです。

 

大人になってもそれは思うのです。

 

すっかりやる気をうしなった母さん。

ここがいけないのですが、大事な時期だってのにダラダラと過ごしたのでした。

 

そんな反抗期のきっかけを私はコツメの父さんに話し、

 

「Bノートは人によっては無意味だってことや、宿題の出し方はやっぱり今になっても当時私が思ったことって間違ってないと思ってるよ。だけど、だからといってやらないでだらだらしちゃったのはいけなかったわ…」

 

と締めました。

 

父さんは同じ中学校で、勉強も良くできて素直で真面目ないい子と言われていました。

なので

 

「父さんって素直だったからなーんにも考えずに言われるがままにやっていたよね。父さんこそBノートなんて無駄なのに素直にやってたんだろうな。」

 

と言うと

父さんは

 

「俺、ほんとになんにも考えずにはいはーいって言われたことや宿題もやってた。確かに単語なんて全部覚えてたけど、Bノートやるときはシャーペンを二本右手に持って一度に二行書いたりしていかに早く終わらせるかやってて、うまくできるとおおっ!って思ったりして。一人遊びにいそしんでた(・∀・)」

 

と言うのです。

 

なんだかハッとしました。

 

まとめ

 

素直は強し。

楽しんでやるといい。ポジティブ大事。

あんまり考え込まないほうが辛くならない。

シンプルイズベスト

反抗期は大事だけど勉強はやらないよりやったほうがいい。

 

コツメの母さん。でした。

 

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 ↑父さんの実家にあった中三の夏休みのしおり。

短い日記も書く場所が右ページにありましたが今回は左ページの学習計画表のみをup。

毎日Bノートをやっているのが見てとれ、「ふふ」と笑ってしまいました。