コツメの母さん。今日は何かやってみよう。

日々の出来事を書いていこうと思います。家族は私、夫(コツメの父さん。)、長女(ピヨ姐)、次女(コツメちゃん)の四人家族です。

【台湾旅行2】代表的観光スポット國立故宮博物院のお宝はすごくてかわいい。

こんにちは。

コツメの母さん。です。

 

台北2日目。

今日の計画は

 

午前中 國立故宮博物院→ ランチ→ホテルに戻る→15時 九份・十分ツアー→夜 ホテルに戻る

 

です。

九份は映画「千と千尋の神隠し」に出てくるようなレトロな景色が楽しめ、十分ではお願いを書いたランタンを空へ飛ばします。こちらはまた別に書きたいと思います。

 

今日のブログは國立故宮博物院について書こうと思います。

 

2日目の朝。

 

「朝食どうする?」

「今日はすぐ故宮博物院に行くからホテルで食べちゃおう。」

ということになり、ホテルのビュッフェで食べ、出発です。

 

移動はUberです。

Uberとは配車アプリで、一般のドライバーが自家用車を使ってタクシーのように送迎してくれます。タクシーよりも割安です。

故宮博物院まで運転してくれた運転手さんは車関係の会社を経営している社長さんでした。

お互いカタコトの英語ですが、

 

運転手さんに

 

故宮博物院の宝物は70万もあるので、博物院においてあるのは全体の2%未満。

定期的にお宝を入れ替えしているので全部見るには十年かかるよ。

 

と教えてもらいながら、運んでもらいました。

 

ちなみに移動手段ですが、地下鉄とバスでもいけます。

地下鉄の最寄駅は地下鉄淡水信義線「士林駅」からバスで10分です。

 

入り口です。

博物院はこのずっと奥、正面にあります。

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メインは

翡翠でできた白菜。

翠玉白菜(スイギョクハクサイ・清代)です。


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20㎝弱の手のひらサイズの白菜で、一番のメインです。翠玉白菜のある部屋の前は列ができており、部屋に入るとこんな感じです↓


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白菜の入ったケースの周りには人がいっぱい。

白菜の部屋の壁に貼ってあった大きなパネル↓をみるとよくわかるのですが、子孫繁栄の象徴であるキリギリスとイナゴがくっついています。

実際の白菜は私が老眼だからなのか分かりませんがあんまりよく見えませんでした。


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こちらの写真↓白菜の次に有名な豚の角煮そっくりのメノウ系の天然石でつくられた

肉形石(にくがたいし・清代)です。

 

美味しそう〜。食べたら前歯が折れちゃうね。


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こちらも大人気です↓


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他にも宝物がたくさんありました。

時間がなくて全部は見られませんでしたが、お宝写真を載せたいと思います。

 

まずはこれ。

これかわいい!と思って写真におさめました。


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「てへ。」

 

って言ってるように見えますね(・∀・)

かわいい!

 

西周中期の水を入れる容器だそうで洗面道具ですかね?お水をつぐ道具みたいです。

紀元前10世紀から9世紀の間に作られたって…。

作った人、すごくセンスいいですよね。

 

それから動物シリーズ。


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かわいい。


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かわいい。

 

↓こちらは白磁嬰児型枕です。北宋時代(960-1127年)


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清朝 翡翠の屏風↓ 昭和天皇のもとにありましたが、戦後に返却されたそうです。


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その他にもたくさんの宝物がありました。


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ところで…。

 

そもそも國立故宮博物院のお宝はどこにあったのでしょうか。

 

これらのお宝は宋、元、明、清の皇帝が収蔵して来たもので、中国の紫禁城にありました。

清朝崩壊後、紫禁城に残された文物を中華民国の政府が継承し、1925年に北京の故宮博物院が設立されて一般公開されていたんです。

 

お宝は皇帝たちのコレクション。北京の故宮博物院にあったんですね。

 

どうしてお宝が今、台北に?

その後、満州に駐留していた日本軍が華北地方に軍を派遣してきたため、蒋介石の国民政府(1948年からは中華民国政府)は博物院の所蔵品を戦火や日本軍から守るべく重要文物を南方へ疎開させました。

国民政府は南京市内に所蔵倉庫を建てて故宮博物院南京分院を設立します。

ところが1937年に日本軍が南京に向けて進軍してきたので、所蔵品はまたも運び出されて四川省の巴県・峨嵋山・楽山の3カ所に避難させられてしまいました。

 

日本軍が進軍して来たので蒋介石はこれらのお宝を中国国内の安全なところに避難させたんですね。

 

第二次世界大戦後、運び出された所蔵品は再び南京・北京に戻されました。

がしかし!

今度は国共内戦が激化します。蒋介石の国民党VS毛沢東の中国共産党です。

蒋介石の中華民国政府の形勢が不利になったため、1948年の秋に中華民国政府は故宮博物院から一級品の所蔵品を台湾の台北へと運んでしまいます。

これによって誕生したのが台湾台北市の國立故宮博物院で、現在故宮博物院の所蔵品は北京と台北の2カ所に別れて展示されているのだそうです。

 

戦後、中華民国のリーダー蒋介石が毛沢東率いる中国共産党と対立しました。

蒋介石の中華民国政府は、形成が不利になると1948年からお宝を台湾に運んだのです。

毛沢東に敗れた蒋介石は1949年に国民党を連れて台湾へと退きました。

 

…という経緯があってたくさんの宝が台湾にあるのですね。

 

コツメの母さん、へぇーと思いました。

 

とにかく台北國立故宮博物院はもんげーもんげーすごかったです。

 

もっとゆっくり見て回りたかったけれど…仕方ないですね。

 

 

↓こちらはタピオカミルクティーです。

コツメがずっと「タピオカ…タピオカ…」と呟くので一階のカフェで買いました。

一口もらったのですが、タピオカがものすごくやわらかくて美味しかったです。

 

ストローは紙でできていました。


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ランチは故宮博物館の隣の建物に入っているレストランで食べました。

 

【感想】

 

台湾旅行が終わった後で思ったのは、國立故宮博物院と九份・十分ツアーを1日で終わらせたこと、しかも旅行の前半(2日目)に持って来ておいたのがよかったということです。

 

旅行の後半にこの1日メニューは

 

絶対疲れるからです…。

 

台湾に来た翌日というまだまだスタミナがあるうちに行ってよかった!と思いました。

 

【これから出かける方におすすめ】

 

・音声ガイドをレンタルするにはパスポートが必要だから携帯していってくださいね。

・時間がない方はメインどころから行きましょう。1階から見て行くのではなく、まずは3階まで上がって降りて行く方がいいと思います。(博物院の目玉、翠玉白菜と肉形石も3階302にあります。)

・ギフトショップはかわいいお土産がたくさんあっておすすめです。

 

次回は九份、十分の景色を載せたいと思います。

 

コツメの母さん。でした!