コツメの母さん。今日は何かやってみよう。

日々の出来事を書いていこうと思います。家族は私、夫(コツメの父さん。)、長女(ピヨ姐)、次女(コツメちゃん)の四人家族です。

フルーツパフェの甘くない思い出

こんばんは。

 

コツメの母さん。です。

 

先に書いておきますが、今日のブログ、長いうえにつまらないから、しんどかったら読まないでくださいね!

 

私は苦情が言えない性格です。超小心者です。そのことでよく父さんからも叱られます。

 

あまりに不条理だったりしたら

考えても考えてもを繰り返して

 

「どう考えてもおかしいよね。」

 

と思った時は勇気を出していいますが、なかなかうまく言えません。

言おうとしても考え込んでしまうので言うまでに時間がかかってしまうのです。

 

クレームまでいかなくてもそうです。

 

例えば友達と会っている時に友達の歯に青のりがついていたら…。

言えないんです。私が言ったことで相手が恥ずかしくはないのか、でも放っておくのも…と考え込んでいるうちに別の友達が

 

「ねえ、青のりついてるよ♪」

 

って軽く明るく言うのです。

言われた方も

「あ、ありがと〜。」

って言うのです。

 

『あぁ、言ってよかったんだ…』

 

その度私は自身の小ささに落ち込み、反省するのです。

 

今まで書いたブログで、なぜかアクセスのある記事があります。

 

www.kotume-kasan.com

 

簡単に言いますと、

 

あまりにビデオ屋さんのミスが多いのでレンタルビデオ屋さんに行くのをやめたという話です。

 

最後にどうしてもお店側にこれは言いたいと思ったことがあり、静かに意見を言った時もレンタルしたCDを持つ手がぶるぶる震えていた私。

人に何かを言うのが本当に緊張するのです。

 

遠い遠い昔の話になるのですが…。

 

コツメの母さんの両親はとても忙しい人でした。

私たちは家族だけで暮らしたことってほとんどありません。

両親は養護施設で24時間他の子供たちの親代わりだったからです。

 

それでも年に2〜3回くらいですが母が私を連れてバスで40分くらいかかる街中のデパートに連れていってくれることがありました。

そんな日は本当にうれしくてうれしくて心臓がドキドキしました。

 

私が保育園の年長さんか小学校一年生くらいのときです。

母が私を街中に連れて行ってくれたことがありました。一通り母は用事を済ませ、空が少しだけ夕方っぽくなった頃、帰ることになったのです。

 

私の住んでいた両親の職場兼自宅は街から離れたところにありました。

そのため家の近くまで行くバスは2時間に一本でした。

 

帰りのバスを待つ間、バス停近くの喫茶店で待つことになった母と私。

これも嬉しい出来事でした。

とにかく母は何かに追われるように仕事をしていたうえ、小さな弟もいたので、母とゆっくりおやつを二人きりで食べるなんてあまりないことだったのです。

 

メニューを開くと大好きなチョコレートパフェがありました。私はチョコパフェが大好物でした。

すぐにチョコレートパフェをたのみ、うれしくてうれしくてワクワクしながらまっていたのです。

 

ところが…

しばらくしてお店の方が運んできたのは「フルーツパフェ」。

 

私はものすごく悲しくなりました。

クリームに透明感のある緑色のソースがかかり、てっぺんには缶詰のみかん、バナナ、白砂糖をまぶしたかたいこれまた緑のゼリーみたいな直方体の物体がひとつ、そして真っ赤なさんらんぼがのっていたのです。

緑のソースはぎらぎらしています。

私は緑色の甘いものに食欲が湧きませんでした。

同時にどんどん悲しさが増してきました。

滅多にない機会に1番好きなものを頼んだはずだったのに、嫌いなものが来てしまった…。

 

私、お店の人に聞かれないように母にそっと

 

「私、チョコレートパフェを頼んだよ…」

 

と言いました。

母は小さな声で

 

「お店の人が間違えてしまったけど、しかたないから我慢して食べなさい。」

 

と言いました。

 

わかっているんです。

お店の人が指摘したらもう一回作らなくちゃいけないこと。

何より母が仕事に戻らなくてはいけないからなるべく早くバスに乗らなければいけないこと。

 

だからだまって承知しました。

 

だけど、次にチョコレートパフェが食べられるのがいつかわからない私はものすごくショックで泣くのを我慢することで精一杯だったのです。

食べたかどうか記憶にありません。(おそらく食べたと思います。)

ただじーっとテーブルに置かれた緑色のパフェを見つめていた絵だけ頭に残っています。

 

それから…かどうかは分かりませんが、私はクレームをいれられない人間として育ったように思います。

父親も大人しい性格だったので遺伝というのもありますが…。

(父は末期がんであと数日くらいの命だったのにも関わらず、腕の点滴が上手く入っていなかったらしく、手のひらがパンパンにむくんで痛くても看護士さんに言えなくて、気がついた母が鬼のようにナースコールしていました。私はそれをみて、私は父に似ているなぁと思いました。)

 

ついミスをした相手が店長から怒られたら可哀想だと思ってしまったり、私が悪者みたいに思われたらいやだな…と思って言えなくなってしまうのです。

 

チョコレートパフェを頼んだけれど、フルーツパフェが来てしまったのは運が悪かっただけ。

と言い聞かせていたように思います。

 

そしてそんな風な立ち振る舞いが私が母親となったとき、子供へも伝わってしまったようで…。

特にピヨ姐…。

ピヨ姐も人のミスに何か言えないんです。

 

だけど最近思うんです。

やっぱり言わないより言った方がいいんじゃないかと。

私みたいに黙っていたらミスする人はいつまでたっても気づくことができません。

相手のためにもならないんじゃないかって思うようになったんです。

そう思うようになってもなかなか言えないんですけどね…。

 

なぜそんなことをつらつら思い出して書いてしまったのかといいますと…。

 

先日、ピヨ姐が一人で起立性調節障害の病院へ行って来た時のことです。

診察後、先生に書いてもらった処方箋を薬局にだしたのですが、受け取った薬が頼んでいたものと違っていたのに気がついたのにも関わらずだまって受け取り、支払いをして帰って来てしまったのです。

ピヨ姐、言いにくかったそうなのです。

 

薬局の薬の袋には、いりませんと言った薬が入っていて、ほしいですと頼んだ薬が入っていませんでした。

なぜ薬局で気がついたのに言えないのかなぁ…と情けない気持ちになってしまいました。そこではっきり言えば薬局が病院に言ってくれてその日のうちになんとかなったかもしれないからです。

 

ピヨ姐も落ち込んでいます。おかしいなと言ったらちゃんとそこでいうことが、自分のためにも相手のためにもなるんだから言いなさいよと言ったら悲しそうにしていました。

私もそういうところがあるのでピヨ姐のこと、いえないのですが自分のダメなところと重なってしまい、つい言ってしまうんです。

 

実は、私が情けない気持ちになったのは、ピヨ姐に対してもありますが、先生に対してもでした。

 

このミスって、2回目だったんです。

1度目は今年の1月でした。

 

私が受験間近のピヨ姐の代わりに病院へ行って薬を処方してもらった時です。

1番希望した薬が入っていなくて、もういらないと言った薬が入っていたんですね。

私はそれに気がつかず持ち帰ってしまい、そのまま数日保管。

 

ピヨ姐の体調が悪くなり、いざ使うとき!になって初めてないと気がついたんです。

不安感や緊張をほぐすという薬で、それが入ってなかったことに気がついたのがセンター試験の朝。

本当にあせりました。

 

センターだろうがなかろうが、それはこちらの都合なんで、

 

「センターだったんですよ!!」

 

なんて言いませんでしたが、以来私は先生から受け取った処方箋は薬局に提出する前にちゃんとチェックするようにしていました。

 

今回ピヨ姐が一人で診察に行くことになったので、私は何度もピヨ姐に

 

「先生だって間違えることもあるから、はっきりとこの薬はこう言う理由でいりません、こちらの薬はくださいとわかりやすく説明しなさいね」

 

と言って送り出したんです…。

 

こちらがこうやってお膳立てして準備して、娘もちゃんと説明したそうなのですが…。

こうやって処方箋を間違えちゃう。

娘も間違えた薬を気づいていたのに持って帰って来ちゃう。

 

ダブルでしんどくなりました…。

 

病院だって近くありません。

一ヶ月に一度です。

 

結局、いらない薬が返品、返金できないか、そして欲しいと言ったお薬を取りにいきたいと思い電話しました。

受付の方と電話でやりとりした時、娘が先生にちゃんと薬を必要か必要でないかの話をしたのかと聞かれたのでとうとう

 

「こういうこと二度目なんです。」

 

となるべく冷静に静かに怒りを抑えながら自分でもびっくりするくらい早口で説明しました。

結局返品と返金はできず、欲しかったお薬は薬局にとりにいくことになりました。

 

私はその後、心臓のドキドキが止まらず、しばらく歩いていてもばくばくしていました。

言いたいことは言ったけど、お世話になっている方たちなので心苦しい気持ちと、しっかりしてほしいという気持ちと、真逆の気持ちがぐるぐるしてしまい、どどっと疲れました。

こういうことがあると顔をあわせるのも辛くなっちゃうのです。

 

人からしたら小さなことだろうけど、私にとってはこの手のケースって本当にしんどいんです。

 

私ってなんでこんな人間なんだろうって思った時、あの日のフルーツパフェが浮かんだ、

 

コツメの母さん。でした。

 

 

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