コツメの母さん。今日は何かやってみよう。

日々の出来事を書いていこうと思います。家族は私、夫(コツメの父さん。)、長女(ピヨ姐)、次女(コツメちゃん)の四人家族です。

平成13年(2001年)の思い出

こんばんは。

 

コツメの母さん。です。

平成思い出シリーズ、このままだと4月のうちに終わりそうもないですね。

がんばりたいですが、令和になっても平成振り返りそうです。

 

そんなわけで今日は平成13年です。

 

元旦 21世紀になりました。

コツメの父さんの実家でテレビを見ながら年越しになりました。

私は紅白の続きのままで見たかったのに、電波少年の年越し番組に父さんがチャンネルを変えてしまいました。

 

電波少年の年越し番組で年越しカウントダウンをしていたとき、わざと番組が時間をずらしていたことが発覚。番組側は冗談のつもりだったみたいなんです。会場のお客さんも

「え〜っ」みたいなことを言ってましたが

テレビを見ている人は全然笑えませんよね。

公共の電波で時間はかえちゃだめでしょ。

 

私、そこまでカウントダウンを待ち焦がれていたわけではありませんでしたが、そういうしょうもないことをすることにあきれてしまいました。

しょうもないことで笑う番組ですが、やっていいしょうもないとやってはいけないしょうもないがあると思うんです。

タブーを犯すことが笑いじゃないんですよね。

やっちゃいけない線を超えるのは誰しもできるんだけど、みんなやらないだけ。

でもそれをやっちゃったらすごいって思われるだろうって勘違いしている人が時々いるんですよね。

全然すごくないし、面白くないのにね…。電波少年は面白い企画もあったけれどそういうしょうもないこともありました。

20世紀から21世紀のカウントダウンを楽しみにしていた人もたくさんいたからか、テレビ局に苦情が殺到して謝罪があったそうです。

でも過ぎてしまったことはかえりませんよね…。

 

ピヨ姐、1歳。Eテレ大好き。

ピヨ姐、1歳になりました。コツメの母さんの暮らしはどっぷり子育てでした。

大変だったと思うのですが、思い出すときらきらとした時代です。

ピヨ姐もテレビをみるようになりました。

もっぱらNHK教育テレビの子供向け番組です。

 

「おかあさんといっしょ」が大好きで、歌に合わせて上手にリズムをとるようになったのでお母さんといっしょのDVDを買ってきて何回も見ました。

ピヨ姐世代は杉田あきひろお兄さんとつのだりょうこお姉さん。

人形劇はグーチョコランタン。スプー、ジャコビ、アネム、ズズというキャラクターがいました。

 

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私もいっしょに教育テレビをみていました。

 

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納戸にしまっておいたDVDをブログに載せようと出してきましたが、懐かしいです。

今でもけっこう歌えるなぁ…。

今、お子さんが大学生世代のお母さんなら、いっしょに歌えるんじゃないかしら…。

そして人気曲は今のおかあさんといっしょでも歌われているはずなので小さいお子さんのお母さんもご存知の曲があるかもしれません。

 

あきひろお兄さんは法を犯し、2016年に逮捕されてしまったこともありましたが、歌声は歴代お兄さんのなかでもピカイチだったと思います。

のびやかで表現力があって大好きでした。

 

アメリカ同時多発テロ事件

9月11日、アメリカでハイジャックされた飛行機がNYのワールドトレードセンターに突入し、多くの人命が失われたテロ事件が起きました。

NYは朝、日本は夜の22時過ぎだったのですが、コツメの母さんはこの頃、夜になるとくたくたでピヨ姐と眠ってしまい、こんなにひどいことになっていることを翌日知りました。

 

日本でもこの年の6月に大阪府の池田小学校に男が刃物を持って押し入り、8名の児童が亡くなるという痛ましい事件が起きました。

この事件とアメリカのテロ事件でセキュリティがより厳しくなったと感じました。

以来小学校は登下校の時間以外は校門は閉められており、用事がある時はインターホンで事務室へ連絡し、門をあけてもらうようになりました。

学校へ保護者が行くときはIDカードを首から下げるのも徹底されたし、運動会などのイベントの時は受付を通してから学校に入るようになりました。

私の小学校時代とはだいぶ変わりました。

 

とにかくいつ、どこで、何が起きるか分からないと思うようになりました。

小さい子供がいたのでなおさらそう思ったのかもしれません。

 

 

コツメの母さん。でした。