コツメの母さん。今日は何かやってみよう。

日々の出来事を書いていこうと思います。家族は私、夫(コツメの父さん。)、長女(ピヨ姐)、次女(コツメちゃん)の四人家族です。

平成9年(1997年)イギリスの思い出 

こんにちは。

 

コツメの母さん。です。

 

懲りもせず、平成の思い出を振り返っております…。

独りよがりですみません。

お付き合いいただいている皆さん、ありがとうございます。

 

さて、この年は私の人生の転機の年でありました。

秋に私はコツメの父さんと結婚することになったのです。

そんなわけでこの年の秋までは結婚式の準備でいろいろいろいろ忙しい日々でした。

結納やったり、結婚式場を抑えたり、新居を探すなどありました。

 

結婚式の様子はコチラ↓

 

www.kotume-kasan.com

 

が!

私には夢があったのです。

 

私はどうしても結婚する前に大好きなロンドンに行ってみたいと思っていたのです。

ずっとロンドンに行ってみたくて、一度友達とツアーでいったもののパリも行きたいということでロンドンは3日くらいしか滞在できず、もう一度ゆっくり自分のいきたいところを巡ってみたいと思っていました。

できればイギリスのベストシーズンと言われる7月に!

 

結婚したらそんなことできなくなると思っていた私は6月から7月の約一ヶ月、イギリスへ行くことにしました。

ホテル代が高くついてしまうし、言葉も心配だったので語学留学で寮の一人部屋にすることにしたのです。

当時趣味で通っていた英会話教室のオーナーに相談したところ、

「一ヶ月も行くならロンドンじゃなくて、近郊のブライトンがいいよ思うよ」

と強く勧められたのとブライトンの方が寮費も格安だったのでブライトンに決めたのでした。

 

ロンドンへは1時間くらいでいけますしね。

 

6〜7月 BRIGHTON ブライトンにて。

 

ブライトンはイングランド南東部にあるイギリス有数のリゾート都市です。

ヒースロー空港から迎えに来てもらい、車でブライトンへ行きました。

同じ留学先の日本人の人といっしょになり、二人で車に乗ったのでちょっと安心しました。

 

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パレスピアという桟橋。桟橋の先には遊園地があります。

語学学校から近いのでときどき散歩していました。


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↓寮の部屋。

私は一人部屋を希望していました。いってみると部屋は二人用でした。一人ひろびろ使えてうれしかったです。

寮で猫を飼っていたのですが、このブルーノという名前のネコが時々私の部屋に遊びに来ました。おとなしくてゆーっくり部屋を一周したりベッドにのったりしていました。

かわいかったです。


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寮のコインランドリーです。私です。お腹がぺったんこです。

今はどすこいです。

悲しいとです…。


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夏だったので夜の9時近くまで明るくて、寝る頃もうっすら明るくて、窓からカモメの鳴き声が聞こえてくるようなところでした。

寮のカフェテリアで、韓国人の友達から

「カフェテリアの裏メニューにラーメンがあるよ。」

と教えてもらい頼んでみました。

それが辛ラーメンとの出会いでした…。


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↓水族館
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週末はロンドンへ散策

 

チェルシー地区へ「文学散歩」と銘打って文豪のお家巡りをしました。

その一部です。

 

建物に青い看板がみえますね。

これは「ブループラーク」といって、イギリスの著名人が住んだ家や歴史的出来事があった場所に設置されています。

歩いているとあちこちにブループラークがあるので楽しいですよ。

 

↓オスカーワイルド(詩人・作家・劇作家 「幸福な王子」「サロメ」 など…)


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↓A・A・ミルン (児童文学作家 「くまのプーさん」)


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↓チェルシー植物園にも行きました。チケットがかわいい!


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↓マダムタッソー蝋人形館


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↓ヘンリー8世と妻たち。
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↓クリントンさん。
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↓ダイアナ妃。

となりにロイヤルファミリーの蝋人形があったのですが、ダイアナさんは離婚したのではずされていました。

 

ダイアナさんが交通事故で亡くなるのはこの二ヶ月後です。


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大英博物館 

↓ロゼッタストーン
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ラムセス二世
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↓ケンジントン宮殿


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ケンジントン宮殿は予約してチケットをとると中も見学できます。

オススメですよ。

私がいった時、ヨーロッパ系の女の子が荷物検査のところで小さい万能ナイフがカバンから出て来て警備員さんにめちゃ怒られていました。

 

パディントン駅にも行きました。

当時私はくまのパディントンが大好きだったんです。

パディントンはペルーから密航して来たクマなんですが、パディントン駅のプラットフォームでブラウン家のみんなと出会うのです。


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今もいるのでしょうか…。

 

ヒースローへ向かう帰り道、電車の中でお財布をすられた(現金はほとんど入っておらず、パスポートとトラベラーズチェックは別にしていたので無事でした。)けれど、たのしい一ヶ月でした。

 

そして秋に結婚式を挙げました。

ちいさいアパートで結婚生活が始まりましたが、コツメの父さんは朝からおそくまで会社。

私はなんにも知らない土地で家で一人でした。

子供もおらず、時間ありまくりの日々。

コツメの父さんのプレイステーションのウィニングイレブンにハマり、何回鹿島アントラーズを優勝に導いたことでしょう…。

 

11月 山一證券が破綻しました。

バブルは崩壊していたし、いろいろな会社も倒産していたけれど山一證券の破綻は

本当に、本当にバブルが終わり、不景気になったんだ…って思いました。

その5日前には北海道拓殖銀行も破綻しました。

拓殖銀行、略してたくぎんはサンリオの「みんなのたあ坊」がイメージキャラクターでした。

山一證券はしょっちゅうテレビのCMで

♪中国ファンドは山一證券〜♪と流れていました。両方ともよく目にする大きな会社だったのでショックでした。

 

12月 新婚旅行に行っている時ポケモンショックが起こる

12月、新婚旅行で海外へ行きました。

すると滞在先で

「日本からきたの?日本で子どもがばたばた倒れて大変だよ。」

と片言英語で言われるのです。

「え?」

と思ってホテルの新聞を見ると、ピッカーピカピカしたピカチュウの絵が…。

え?何?と思ったら

12月16日テレビ東京で放送されたポケットモンスター38話を見ていた視聴者が光過敏性発作を起こした放送事故が起きた翌日だったのです。ウィキペディアによれば651人が病院に運ばれ、130人以上が入院したそうです。

すごいですね…。

 

これ以降、「テレビから離れてみてね」というテロップが流れるようになりましたね…。

 

モーニング娘。

この年、コツメの父さんとよくみていたのがテレビ東京で放送されていた「ASAYAN」です。

モーニング娘。がメジャーデビューをかけて「愛の種」というCDを手売りするのをなぜか毎週夢中でみていました。

モーニング娘。を見ると、当時住んでいたアパートを思い出します。

 

今思えば若かったなぁと思います。

26歳でしたけど、コツメの父さんも26歳。

今考えると26歳のコツメの父さんと母さんって結婚するには子ども過ぎたと思います。

客観的に見たら心配案件…。

タイムマシンがあったら物陰から自分を見てハラハラしそうです。

 

コツメの母さん。でした!