コツメの母さん。今日は何かやってみよう。

日々の出来事を書いていこうと思います。家族は私、夫(コツメの父さん。)、長女(ピヨ姐)、次女(コツメちゃん)の四人家族です。

今日は久々に外へ出た…( ゚д゚)大学受験は厳しいです。

こんばんは。

 

コツメの母さん。です。

 

ピヨ姐の受験騒動が続いています。

今日はピヨ姐さん、家にいる日でした。でも、思っても見ない結果が続き(いや、序盤からこれはやばいと思い知らされていたけど)、とうとう、第2期募集とか、第3期募集とか、父さんと私で探しています。

 

一発勝負の私の時代と違って、大学によっては何回かに募集を分けており、不合格が続いたらまだ募集しているところに駆け込むことができるのです。

といっても駆け込んでも同じように駆け込み組はいるわけで、どんどん倍率は高くなっていきます。

名前を聞いたことのある大学は特に厳しいです。

 

昨年度、今年度と私大はとても厳しくなりました。

地方の大学の入学者を増やすため、定員から大幅に合格者を出す大学は、国から助成金がおりなくなってしまったのです。

そのため、早稲田慶応を始め、大学は軒並み合格者を減らしました。

 

そうなると抑えのGMARCHに本来なら早慶に受かるはずの人たちがスライドしてきます。

私の友人の知り合いの方は東大志望で抑えにしていた早慶まさかの不合格、明治進学だったそうです。

東大に行けそうな人が明治になる厳しさ…。

 

そうなるとGMARCHに前年だったら受かりそうな人が日東駒専にスライドしていきます。どんどんスライドしてしまうのです。

 

そして今年。

ピヨ姐が受けたところ(GMARCHでも日東駒専でもない)も、昨年より志願者が100人増えたのにもかかわらず、発表を見たら合格者はなんと20人減っていました。

昨年もきつかったのに、今年はもっときついのです。

 

ピヨ姐、大ピンチです。

 

厳しい厳しいって思って計画をたてていたのに、予想を上回る厳しさです。

 

でもね…これ、当たり前なんですが、ちゃんとできる子は変わらず合格できるのです。

SSSランク級の子はちゃんとできるのです。

 

できれば、やっぱりみんながちょっとでも知ってるような大学に入れてあげたいと思うのが親心。

だからものすごく心配になってしまいました。連日泣きました。

ブログが日を追うごとにゾンビが書いているみたいなブログになっていきました。

読者も減りました。

きっと闇が画面から伝わったからでしょう…。

 

だけどそういう日を繰り返していくうちに、だんだん私の心境がぐるぐるとかわってきました。

 

もう一昨年になりますが、ピヨ姐は高校も卒業できるかどうかの瀬戸際で、

「出席日数が足りたから卒業できます!」

と先生から連絡が来たのが11月でした。

卒業したいという強い希望があるのに、起きれなかった日々。

他人はなまけていると思うけど、強い気持ちがあるのに起きれないくらいの症状だったのです。

めまい、吐き気、頭痛、腹痛のオンパレード。

 

大学受験もしましたが、父さんができるだけ行きは車で送っていました。

一度、大学の前で

「。。。」

と固まり、車から降りられないこともありました。

父さんはそのまま仕事にいかなければならず、

 

「大学に行ければ行っていいし、行けないならすぐ横の駅から家にかえりなさいね。」

 

といいました。

 

「そういうことになってるから。」

 

と父さんから私に電話が来て、不安になること2時間。そのくらい経ってもピヨ姐は帰ってこなかったので

「試験にいったんだな…」

と思ったこともありました。

 

卒業し、四月からがんばる!と言っていたピヨ姐ですが、やはり病気は治っていない状況です。

いい時、悪い時がありました。昨年よりはがんばったけれど、それは自分の中の基準で、周りのがんばりからくらべると量的にも時間的にも足りていません。

受験は人より点数をとったものが勝つ競争なのですから…。

 

やはり現実は厳しかったのです。

 

でも今年のピヨ姐はまだ一度も試験の朝に体調不良を訴えません。

遠い会場まで電車で行って帰ってきます。

試験の朝だというのに一回も自分で起きたこともないですけどね…。

他人様が見たらお話しにならないけれど、病気がすこしずつよくなってきたんじゃないかな…って思えたんです。

 

そうしたらちょっと気持ちが明るくなれたのです。

すぐに暗くなったりもしますけどね…。

 

つい私がじめじめしがちだけど、何よりピヨ姐が一番辛いんですよね。

 

だから考えたんです。

私は何が一番辛くてこんなに落胆しているのか。

 

いろんな理由はあるけれど最終的に一つだけ残ったのが

 

大学生になりたいと言っているピヨ姐が大学生になれないことが一番辛い。

 

だったのです。

 

ピヨ姐が楽しく勉強できたらそれでいいと思ったのです。

 

そこを解決すればいいんだとコツメの母さんは思いました。

 

Fランと言われるBF(ボーダーフリー)の大学は、何回募集していても1倍ちょっとの倍率だったりしています。

都心から離れていたり、聞いたような聞いたことないような…という名前だったりもします。

でも探すとあるんですよね。

 

だから

 

大学生になれないこともないかな…。

 

 

それを心に私は今日も生きていくことにしました。大げさですが、大筋はそんな感じです。

 

私、もうすぐ大学受験においてはあらゆる煩悩を振り払い、解脱できそうな気持ちになってきました。

今までの私は目を閉じても周りに鬼やら悪魔やらがぐるぐるうずまいていました。

節分よりだいぶ遅くなったけどようやく鬼が逃げて行きそうです。

 

そして今日は久しぶりに外へでました。

ピヨ姐もいっしょです。

二次募集の申し込みをしに郵便局へ。

 

「簡易書留、速達でお願いします。」

 

と二人並んで窓口へお願いしました。

書留の紙に数字を書き込む局員さんの字がとても綺麗だなぁとカウンターの奥をぼんやりしながら見ていました。

終了です。

すると紙とお釣りをよこした局員さんが言いました。

 

「コツメちゃんのお母さん。」

 

きょきょきょきょーーーーー( ゚д゚)

 

コツメのお友達(イケメンくん)の美人お母さんでした!!!

そうでした。郵便局で働いてるって昔言ってたね!!!

制服着てるとわからないよね!!!

 

はずかしーーーー。

 

でかでかと大学名が書いてある封筒も恥ずかしいけど、ずっと家の中でゾンビだったので、髪ももさもさ、服装もよれよれだったのです。そっちもさらに恥ずかしい…。

 

外へ行くときは身なりをきちんとしようと反省した

 

コツメの母さん。でした。