コツメの母さん。今日は何かやってみよう。

日々の出来事を書いていこうと思います。家族は私、夫(コツメの父さん。)、長女(ピヨ姐)、次女(コツメちゃん)の四人家族です。

長女次女がが小さかった時のことをよく思い出します。

こんばんは。

 

コツメの母さん。です。

 

今日は子供達の思い出を書きたいと思います。

これまでいろいろなことがありました。

特にピヨ姐は私にとって初めての子でしたから、毎日が初めてのことだらけです。

 

比べる子供がいないから、何がどうなのか全然わからない私でしたが、ピヨ姐がちょっと違う子なのではないか…と気にしながら育ててきました。

 

ピヨ姐は自分にとって不快なことがなければ小さくて大人しくて手のかからない子でしたが、不快なことがあった時の癇癪がすごいのです。

それも「おもちゃがほしい」「おやつをもっと食べたい。」とかではありません。

絵本の文を飛ばして読んだ、とか、順番が違うとか、そういうたぐいでした。

 

それでしばしば私と衝突することがあったのです。

あのころ、HSC(ハイリーセンシティブチャイルド)という言葉を知っていたら…もっとピヨ姐に寄り添った育児ができたのではないかと思います。

とにかく私はピヨ姐の主張がどういう思考で言っているのかがわからず、よくイライラして怒っていました。

 

ピヨ姐、4歳か5歳くらいの時です。

幼稚園児だったピヨ姐に(なんで叱ったのか理由は思い出せないんですけど)私がお説教をしていました。すると全てのことに

「ちがうちがう!!」

と言い出し、いつものごとく聞き入れないピヨ姐。

でもなにが違うのかが言えないのです。

 

毎回毎回同じことの繰り返しで、怒りが頂点に達した私は

 

「もういい。そんなにいうことが聞けない子は、うちの子じゃありません!もう出て行って!」

 

と言ってしまいました。

すると「うっっ」と複雑そうな顔をしたピヨ姐は寝室に入ってドアを閉めてしまいました。

 

5分後…

リビングの電話がなりました。

でると静岡の母親です。

 

母親は電話に出た私にいきなり

 

「あんたね、あの子に出て行けなんていってはダメだよ。あの子は言われたら本当に出て行く子だよ・・・。」

 

 

「え?なんで知ってるの?」

 

と聞くと母は

 

「ピヨ姐ちゃんから電話がきたんだよ。」

 

というのです。寝室の子機から母親に電話をしていたのです。

ピヨ姐は私の実家と夫の実家の電話番号は2歳くらいからかけることができていました。

 

ピヨ姐は母に

 

「おばあちゃん、ママが出て行けっていうから、出て行かなくちゃいけないの。うちのお家の○駅から○線にのって△駅で△線に乗って□駅から東海道新幹線にのっておばあちゃんちのある駅でおりれるけど…。

新幹線のお金がないの。だからおばあちゃん、ごめんだけど、□駅まで新幹線のお金を持ってきてください。」

 

と言ったそうです。

 

げげー。

 

私は母に叱られ、2度と出て行けというのをやめました。

 

が、しかし。

 

8年後…同じことを言ってしまったのです。今度はコツメちゃんに。

電動自転車で買い物に行った帰り道、あまりに態度の悪いコツメ(4歳)に私はへとへとになっていいました。

夕方の買い物帰りの子連れ主婦って疲れるんです。

 

玄関の前に自転車を置き、カゴからスーパーの袋をとりだして、自転車の横にいるコツメに

 

「あんなに悪い子はもううちの子じゃないよ。もう出て行って。」

 

と言いました。

するとスーパーの重たい袋をもちながら家の鍵を開けている私の背後からコツメの

 

「そんなこというなら…コツメは…ほんとにそうするからね…。」

 

という静かな怒りに満ちたつぶやきが聞こえたのです。

が、私は無視して玄関に荷物をいれ、そして外にコツメを迎えにでたのです。

 

するとコツメが消えていました…。いないんです!!!

あの言葉は本当だったのです!!!

 

「え…!!!ど、どうしよう…!!!」

 

そこから一人大捜索です。

まだ4歳です。車にひかれたらどうしよう…。

悪い人につれて行かれたらどうしよう…。

 

自転車でいろいろなところを探したのに見つかりません。30分くらいしたころです。家の前にもどり、どうしようかと途方に暮れていると…

 

知らない女性を二人従えて、意気揚々と帰ってくるコツメが見えました。

 

「こ、コツメちゃん・・・!!!」

 

と私はいい、その知らない女性にお礼を言って話を聞きました。

 

その二人は、コツメの幼稚園バスがいっしょのお友達が住んでいる社宅の人でした。

部屋にいると、そとから

 

「○○くーーーーん。○○くんのおかあさーーーーん。」

 

という声が聞こえてきたのだそうです。

社宅なので、なんとなくお子さんのお稽古事情などしっている奥様たちは

 

「○○くんち、たしかお留守だわ。」

 

と思い、階下のコツメのところに行き、名前をきいたのだそうです。名前はすぐにいったものの、住んでいる場所は教えなかったそうです。

なんせ、家を捨てて出て行ったのですからね…。

○○くんちで世話になるとコツメは思っていたのでしょう。

 

その奥さんふたりは「じゃあ」、と思って質問を変えたのだそうです。

 

「おばさんたちにコツメちゃんのおうちの場所を案内してくれない?行ってみたいから。」

 

というとそれならと思ったコツメは先頭に立って案内してくれたそうです。

 

翌日、菓子折りをもって社宅にお礼に行った私です…。

 

うちの場合、二人とも

 

「出て行きなさい!」

「いやだー。ごめんなさいー!」

 

のパターンはないこと、姉は頭脳派、妹は行動派だと思った

 

コツメの母さん。でした。