今日は何かやってみよう。

日々の出来事を書いていこうと思います。家族は私、夫(コツメの父さん。)、長女(ピヨ姐)、次女(コツメちゃん)の四人家族です。

【no.6】中学受験・国語が足を引っ張る。苦手を克服したきっかけ【中受・一貫校】

マイノリティー親子の中学受験・私立一貫校の備忘録

 

こんにちは。コツメの母さん。です。

 

今日は少しマイノリティー親子のお話ではなく、国語で困っているお母さんへ向けてヒントになればと思って経験談を書きたいと思います。

 

毎回ですが注意です。

・何年も前の話になりますので、現在のSAPIXや中学受験とは違うことも多々あると思います!

コツメの母さんの話を聞いて「まぁ、そうなの?」と鵜呑みにはしないでくださいね!

 ・あくまでも思い出を中心としたコツメの母さん目線でのお話になりますのでご注意ください。

 

前回はSAPIXから日能研に転塾したところまででした。

 

www.kotume-kasan.com

 SAPIXで国語偏差値38をマークし、転塾前に日本語トレーニングで国語の基本を勉強し、日能研の入塾テストでは国語偏差値60。

 

でしたが…。

 

甘くない…現実は甘くない…

 

次のテストでは偏差値50を切っていました。六年生の初夏でした。

 

あぁ・・・どうしよう。なんとかしないと…。

 

本人もものすごく国語に苦手意識があったし、自分が他の子よりも体も小さくて幼稚だから、文章題が解けないんだとコンプレックスに感じていました。

 

ピヨ姐は女の子ですが、一番苦手だったの教科が国語。

そして得意教科は算数でした。

 はっきりいって中受男子タイプだったのです。

 

夏は偏差値が46とか48、たまに50以上になるのですが、次のテストではまた50を切ってしまいます。とても不安定でした。

国語には本当にくるしめられました。

ですが、だんだんあがってきたのです。

そして成績が安定したのが小6の11月から12月ごろでした。

 

 お試し受験をいれると関東の中学受験は1月から始まり、メインは2月なのでかなりぎりぎりで国語の成績が安定してきたのです。

 その頃には偏差値50台後半から60台前半になっていて、娘の第一、第二志望なら(これで算数をいつも通りとれば)合格できるかもしれない。

半々くらいの確率のような気がしていました。

 

まずいいたいことは

 

 最後までのびます!なんなら受験の最中でものびます!

 

ということです。

 

子どもって毎日成長しています。お試し受験で受けた国語のテストだって勉強の一つだと思いました。

 

ではコツメの母さんとピヨ姐の自己流国語の対策法を書いていきたいと思います。

 

1.ふと思ったことから始まった。〜大発見〜

とある初夏の日の午前、一人ダイニングテーブルに置いたPCからピヨ姐の塾の国語のテストの結果を見た母さん。

また偏差値50を切っている…。

 

「やべえ…いよいよやべえ…。」

 

と思いました。

漢字と文法はほぼ正解。不正解のほとんどが文章題なのです。

 

どうして国語ができないんだろう?

 

どうしたよいんだろう?

 

と思ったコツメの母さん。ふと、

 

「ピヨ姐、どんな問題を間違えているのかな?」

 

と思ったのです。

今までは細かく見ることはなかったのですが、こんなに苦手なんて、一体どんなことが分からないんだろう?

テストの内容ってそんなに難しいのかな?

 

という興味から

 

「私も解いてみようっと!」

 

と思ったのです。

 

ピヨ姐の机から、国語のテスト問題とピヨ姐の書いた解答用紙を持ってきて、時間を計って解いていきました。

ほとんど素直な問題で、大人だったらまぁ解ける内容でした。

 

文章題にはよく四択問題ってありますよね?

 

「ピヨ姐、どれにマルをつけたんだろう?」

 

と思ってピヨ姐の解答用紙をのぞいてみると

 

「!!!!」

 

とびっくりするような、

 

一番答えとしてないやつにマルをつけていたのでした。

 

例えとして私が作ってみますね。(本当の問題ではありません。当時のピヨ姐がこういう感じでずれていたんですよ。というのが伝わるように創作してみました。)

 

問「お母さんのために買ったプレゼントをクラスメイトの太郎に壊されてしまったことを、とうとう花子ちゃんはべそをかきながらお母さんに話しました。」

とありますが、花子ちゃんはどんな気持ちで話したのでしょうか。

次の4つから最も適切なものを選びなさい。

 

1 お母さんへのプレゼントを太郎に壊されてしまい、あげるものがなくなって困った気持ち。

2プレゼントを壊されたことを思い出し、太郎に対するやりきれない怒りの気持ち。

3お母さんへのプレゼントを壊された悲しい気持ち。

4お母さんに真実を話せて安心した気持ち。

 

ピヨ姐、一番正解に遠いと思われる4番にマルをつけていたのです。

 

家に帰ってきたピヨ姐に

「どうしてここは4を選んだの?」

と聞いてみると、

 

「べそをかきながら、の意味がわからなかった。」

 

と答えたのです。

 

私はびっくりしました( ゚д゚)

 

答え以前なんです。ピヨ姐は問題の意味もわかっていなかったのです。

問題に書いてある言葉の意味がわからなかったらもうお手上げです。

そのとき初めて私は

 

ピヨ姐、語彙力がなかったんだ…。

 

ということに気がついたのです。

これ、大発見でした。

 

もしも、「どうしてうちの子は国語ができないんだろう?」と思うお父さんお母さんがいらっしゃいましたら、

 

一度テストを解いてみるといいかもです。

そして子どもの解答用紙と照らし合わせ、どう間違えたかをみる。

意外な弱点が見つかって、苦手克服のきっかけになるかもしれませんよ( ^ω^ )

 

ピヨ姐の場合は語彙力でした。

 

2.子どもの性格を把握する。

 

語彙力がない…。6年生の夏にわかったことです。

とても意外でした。

なぜならピヨ姐はよく本も読んでいたし、

「この言葉の意味ってどういう意味?」って

聞いてくることもなかったからです。

 

それが基本も基本、語彙力にいきついたのです。

 

でもこの一件で「あぁ。そうだ。そういう子だ。」

と合点がいくことでもありました。

 

ピヨ姐はわからないことを素直に「わからないから教えて」、と言えない性格。

 

そして

 

言葉の意味がわからないときにその言葉が入っている文章の前後から言葉の持つ意味を推察することができないという固い頭の持ち主だったのです。

 

なんとなく、「悲しそうだからこれはいい意味じゃないな。」とか類推できないのです。ロボットのようにこの言葉の意味はこうだから当てはめる、という解き方だったので意味をしらなかったら0(ゼロ)なのです。

 

なので

 

英単語のように今から覚えるしかない…と思ったコツメの母さん、語彙を覚える本を買いました。

 

 

 先日紹介した出口先生の新日本語トレーニングシリーズも基本に戻ってやったことは意味があったと思います。

 

 

 

 

 

とにかく基本は大事だと思いました。

 

3.11月くらいから国語がのびた。ピヨ姐が思った理由。

先日、このブログを書くにあたりピヨ姐に聞いてみました。

よほど苦手意識があったのか、秋から冬に伸びたことは覚えていたようです。

ピヨ姐いわく、

 

11月になって

「そろそろ志望校の過去問を解いていってください」

と塾の先生に言われ、家で解いているうちに急にわかるようになってきた気がする。

 

とのことでした。

 

やはり練習が大切なんだと思いました。

そして

 

過去問を解き、採点したら必ず解説を読む!

時間がないときは書き直さなくてもいいから

 

とにかく解説はしっかり読むことを心がけていました。

 

この流れでだんだん国語が安定して理解できるようになったのです。

 

以上が我が家の国語克服の流れでした。

 

そしておまけ。

 

それでも苦手だし、心配という方は

 

とにかく漢字と文法はしっかりやっておいてください。

 

私はピヨ姐が病気になって小児科に行った際、女性の薬剤師さんに

「娘が中学受験を控えているんですけど、ちょっと国語ができなくて心配なんですよね。」

とぼやいた時、

 

「とにかく漢字と文法はがんばって。そして最後まで伸びるから!」

 

と言われました。

中学受験をした息子さんがいたそうです。

 

 確かに漢字・文法は読解関係なく、暗記です。

ここはなるべくおとさないことです。

重要な得点源です。

漢字は学年関係なく自分で進められます。とにかくコツコツ覚えておけばきっといいことがあると思います。

 

最後に・・・。

 

中学受験は親子の受験と言われます。

無事合格できてよかったとは思いますが、やはり親が弱点を見つけて考えて手出し口出しし過ぎたのはいいことではなかったかもしれない、とも思います。

本当だったら自分で自分自身の弱点に気がついて対策する、自分の頭で考えることの方が大切だったのだと思います。

なかなか中学受験でそれができる子は少ないかもしれませんが…

 

そう考えるとやはり受験は高校からでよかったのではないかと思うこともあります。

過去には戻れませんから仕方ないですけどね( ´ ▽ ` )

 

人生一度きり。

コツメの母さん。でした!