今日は何かやってみよう。

日々の出来事を書いていこうと思います。家族は私、夫(コツメの父さん。)、長女(ピヨ姐)、次女(コツメちゃん)の四人家族です。

東京への憧れ

こんばんは。

コツメの母さん。です。

 

ちびまる子ちゃんの連載が始まった頃は中学生だったので「りぼん」は買っていませんでした。

 

私がりぼんを夢中で読んでいたのは小学校四年生から五年生の頃です。

世の中では寺尾聡の「ルビーの指輪」やシュガーの「ウェディングベル」聖子ちゃんの「赤いスイートピー」なんかが流行っていた時です。

 

私はそれまで「なかよし」を愛読していたのですが、一番仲の良かったきていちゃんという友達がりぼんを読んでいました。

きていちゃんには年の離れたお姉さんがいて、そのせいかきていちゃんは四年生でオフコースやユーミンを聴くおとなっぽい少女でした。

私はきていちゃんのことをお友達だと思っていましたが同時に憧れている存在でもありました。

 

それできていちゃんと同じ「りぼん」を買うことにしたのです。

その中に、小椋冬美先生という漫画家さんがおられました。

買った頃に連載していた小椋先生の

「リップスティック グラフィティ」という漫画がとってもとってもおとなっぽく(感じた)て、おしゃれだったのです。

 

 

 

一巻の表紙でもお分かりいただけますようにまず、

「ワインカラー」がとっても大人に見えました。

憧れてワインカラー色のペンを買いましたよ。

 

そして登場人物に神子とかいてじんこという美少女がでてきます。

神子っていう名前も当時素敵だとおもったし、制服や私服もすごくかわいいのです。

 

紀文さんという美容師を目指している大人っぽい先輩もでてくるのです。

そう、小椋先生の描く男の子もまたちょっと力がぬけてて都会っぽくて素敵だったのです。

 

高校を舞台にした青春漫画なのですが、なんというか憧れました。

 

小椋先生の絵は本当におしゃんてぃーだったので、一度ある号では付録が全部小椋冬美の月があったくらいです。

小椋先生デザインのノートが付録だと嬉しかったです。

 

そして

小椋先生の漫画の影響で、きていちゃんとコツメの母さんは小学校4年生にして

 

東京に憧れるのです…

 

中学生になり、きていちゃんのお姉さんが東京の大学へ進学するとますます東京熱があがりました。

 

きていちゃんはとってもオシャレでしたから、いつも「オリーブ」という雑誌を買っており、そこに載っていたかわいいスニーカーを田舎でいちばんの繁華街で探すのですがありませんでした。当時はネット通販もないですからスニーカーは諦めました。

私はつきそうだけですけどね。それも楽しかったのです。

 

きていちゃんに連れられて初めて繁華街のミスタードーナッツで食べたミートパイに

 

「もんげーうめぇ。おら、こげなものたべたことねぇ。」

 

と思いました。

きていちゃんはツイストが好きでした。

夜はきていちゃんの家にお泊まりしてきていちゃんのお家で

「ベストヒットUSA」を見ました。

私はマドンナくらいしかわかりませんが一生懸命話を合わせていました。

 

そんな感じでますます東京に憧れはつのりました。

 

東京へ行けば雑誌に載っていることがリアルな生活につながっているからです。

いいなぁ東京…。

 

と思いました。

 

高校生になったコツメの母さんは、吉川晃司にお熱でした。

そしていつの日か東京の日本武道館へ行きたいと思っていたのです。

 

そして私の考えていたより早い段階で吉川晃司が武道館コンサートをすることになったのです。

私はどうしてもどうしても武道館に行きたくて、高1の冬、親に内緒でチケットをとり、きていちゃんちに泊まりに行くと嘘をついてきていちゃんと日帰り東京の旅へでたのでした。

 

あれが親についた最大の嘘です。

 

学校が終わってから新幹線に乗って浜松から東京へいきました。ついたのは夕方だったと思います。

きていちゃんが

 

「どうしてもラフォーレ原宿に行きたい!」

 

というので行きました。

どきどきしました。

 

東京はおしゃれでした。

ものがたくさんありました。

 

 

そして日本武道館へ初めて行きました。

 

最終の新幹線が間に合わないので途中で武道館を後にし、猛ダッシュで帰りの新幹線に間に合いました。

きていちゃんの自宅に行き、きていちゃんの部屋でごろ寝しながら

 

「ぎりぎりだったねぇ。よかったね。間に合って。」

 

と話しました。

 

…今、書きながら青春だなぁと思いました。

 

2年後、私は母親の猛烈反対をおしのけて上京します。

きていちゃんも上京します。

 

本当にうれしかったです。

 

あんなに長期間憧れたことってそうはなかったです。

これからももうあんなに行きたいと願う場所はないなぁと思います。

 

東京出身の友達は

 

「東京に憧れるという意味が分からないんだよね。」

 

といいます。

だから長渕剛の「とんぼ」とか聴いてもぐぐっとこないらしいのです。

あぁーこの憧れの気持ちを教えてあげたいのですが、きっと伝わらないだろうなと思いつつ、

 

「NYに行きたい!とかそんな感じですね。」

 

と言った

コツメの母さん。でした。