今日は何かやってみよう。

日々の出来事を書いていこうと思います。家族は私、夫(コツメの父さん。)、長女(ピヨ姐)、次女(コツメちゃん)の四人家族です。

【ドキドキが】スイミー事件【止まらない】

こんにちは。

コツメの母さん。です。

 

今日はごめんが言えなかったコツメの母さんの母さんのお話。第三弾。

 

「スイミー事件」

 

です。

これは私が迷惑を被った母のドジ話のワースト3に入る出来事です。

たらこ唇のマルコ、口のあるキティはかわいいものです。

 

では行きます。

 

学校で「プール開き」という行事ってありませんでしたか?

私の小学校ではプールに入る初日は「プール開き」と言って、その日は学年が一斉にプールに入るのでした。

団塊ジュニア世代ですから、子どもの数がとても多く、コツメの母さんの学年は40人のクラスが6クラスありました。

 

小学校一年生のプール開きの日のことです。

初めての学校のプール、しかも泳げなかった私はいささか緊張していました。

プール開きの時間の前には10分間休み時間があって、その間に水着に着替え、帽子をかぶり、バスタオルをもって教室前の廊下に並ばないといけませんでした。

 

私は動作がおそかったので、泳げないこともそうでしたが、ちゃんと着替えられるかが心配でした。

いよいよ着替えの休み時間がはじまり、教室ではみんながプールバッグから水着をだしてキャーキャーいいながら着替え始めました。

私も母に持たされたプールバッグを開けました。

開けた瞬間心臓がどきり…としたのです。

 

周りのみんなが黒のスクール水着を机において着替えているのに、私のバッグのなかには保育園の時に使っていた胸にピノキオのワッペンがついたオレンジ色のスレアスカートの水着が入っていたのです。

 

手がとまりました。

恥ずかしくて、バッグからだせないのです。

そっと周りをみるとみんながどんどん黒くなっていきました。

それと同時に最初のどきりから心臓のドキドキが止まらなくなってきました。

クラスのみんなはワイワイしながらも着替えがおわって行くのに私は普通の服のまま立ち尽くしていました。

 

どうしよう、あと少しでプール開きの時間なのに

みんなと違う水着でいいんだろうか

この水着をきてみんなが気がついていろんなこと言われたらどうしよう

 

泣きそうになっていたのですが泣くとみんなが「どうしたの?どうしたの?」となるので黙っていました。

するとプールへ先導しなければならなかったからでしょうか。

担任のあまの先生(おばあちゃん先生)がちょっと早めに教室に入ってきたのです。

もう私はすがるように先生のところへいって、そっと

 

「みんなと違うオレンジの水着をもってきてしまいました…」

 

と小さい声で言いました。

すると先生は私に

 

「コツメの母さんちゃん、大丈夫よ。今日はこれを着てでなさいね。」

 

と言いました。

 

ホッとしました。

ホッとしたけど、心の中で

 

『一人でオレンジで行くの、嫌だなぁ・・・』

 

と思いました。

でも我慢して勇気を出していきました。

 

きっと

「なんで違うの?」

とか友達に言われたはずなのですが記憶がありません。

 

覚えているのは

 

長方形のプールの両脇のプールサイドに240人がずらーっと体育座りをした時です。

みんなが黒いのに自分だけがオレンジでポツンと座っていました。

天気のいい屋外プールで、反対側のプールサイドにスクール水着を着たたくさんの同級生が座っている画像が私の脳内写真館にあります。

あの瞬間が一番恥ずかしかった。

恥ずかしかったけれど恥ずかしくないふりをしていたんですよね。

よく我慢したなぁと思います。

 

あの風景はレオ・レオニの絵本「スイミー」でした。

きょうだいがみんな赤い魚だったのにスイミーだけはなぜか黒い魚だったのです。

 

スイミー、偉いなぁと思います。

 

スイミーほどではないけど、私もよくあの一時間をがんばったよ。

 

家に帰り母にプール開きの話をしたけれど、母は「えー。そうだったの?ははは」

と笑ってすませてしまい、私はどれだけ私が恥ずかしかったのかという表現方法がわからず、あきらめてしまったように思います。

でも次の授業の時は黒い水着になっていたから母もあわてて用意したのでしょうね。

 

大人になってわかるのですが、

母は父と結婚して田舎から父のすむ他県に越しました。そのまま父といっしょに仕事をしていたので、いわゆる「ママ友」がいませんでした。

しかも仕事場と住む場所が同じで、それが塀にぐるりとかこまれた養護施設だったため、本当に情報が遮断されていたのではないかと思われます。

 

そのため、キティちゃんに口がないことも、小学校ではスクール水着を用意するということも本当に母は知らなかったのでした。

おかげで「自分がしっかりしなくては。」と思うようになりました。

でも子どものしっかりだけじゃカバーできず、この後なんどもこういう思いをするのですがw

 

こういうことがあったせいか自分がお母さんになってからは子どもの学校の準備など一通りちゃんと揃えてあげなくちゃと力が入るようになりました。

 

コツメの母さん。でした!